科学が示した「世界一幸せな人」に学ぶ。瞑想で得られる恩恵

科学が示した「世界一幸せな人」に学ぶ。瞑想で得られる恩恵

あなたの幸福度はどのくらいでしょうか?答えようのなさそうなこの質問に、最新科学は答えてくれます。そして、その技術は圧倒的な幸福度を持つ世界一幸せな人、その名もマチウ・リカールを発見しました。どんな人なのか?何をやっている人なのか?そして、世界一幸せな人から学ぶ幸せになる秘訣は何なのか?その鍵は、多くのヨギ―・ヨギーニも実践する瞑想にあったのです。

あなたの幸せの度合いはどのくらい?

「あなたは今、幸せですか?」という問いに、あなたはどう答えるでしょうか?「YES」と答えた人にも「NO」と答えた人にも聞きます。「あなたがどのくらい幸せで(ある/ない)か、客観的に示してください」この問いには、どう答えるでしょうか?

私は、これには答えようがないと思っていました。私が思い浮かべる幸せの度合いを示す言葉は、こんな感じです。

  • 絶対的に幸せです、それは揺るぎありません
  • すごく幸せです
  • まあ、幸せかな
  • 幸せ、ではないと思う
  • 幸せとは程遠いです

など、抽象的な言葉しか浮かんできません。そもそも幸せの程度ではなく、幸せか、幸せではないか、という点においてもそれを客観的に示せるものではないと思っていました。というのは、下記のように“幸せ”と“幸せでない”、との間に明確な境界線があるわけではないからです。

  • お金を○○円以上持っている人は幸せ、それ以下の人は幸せでない
  • 輝かしい経歴を持っている人は幸せ、そうでない人は幸せでない
  • △▽のような仕事をしている人は幸せ、そうでない人は幸せでない

幸せの度合いは測れる!?

それが驚くべきことに、最新科学では人の幸せを客観的に示すことに成功しているのです。それは、脳が教えてくれます。

前頭前野という脳の領域をご存知でしょうか?おでこ付近にある前頭前野は、ヒトをヒトたらしめ、思考や創造性を担う脳の最高中枢1)とも言われている場所です。幸せを感じれば感じているほど、この前頭前野の特定領域のうち、左側の活性が右側に比べて高くなる2)ことがわかったのです。

そして、圧倒的に幸せ度が高い、つまり「世界一幸せな人」を科学は見つけました。その人が、マチウ・リカールというフランス人です。

世界一幸せな人って、どんな人?

“世界一幸せなフランス人”マチウ・リカールは、一体どのような人なのでしょうか。フランス人ならではの、とてもオシャレな出で立ちの人?あるいは、地位が高く尊敬される仕事をしている人でしょうか?

“世界一幸せなフランス人”マチウ・リカール氏
“世界一幸せなフランス人”マチウ・リカール氏(右)

実は、そんなふうに一般的にイメージされがちな“幸せそうなフランス人”とは、少し異なり、なんと彼は「チベット僧」なのです。一方でダライ・ラマの通訳や写真家といった一面もあるそうです。ちなみに、チベット僧になる前は、ノーベル賞を受賞した教授の元で研究する将来が期待されていた研究者だった、というのも驚くべき点です。

世界一幸せな人に学ぶ、幸福度が高まる秘訣とは

世界一幸せな人に学ぶ、幸福度が高まる秘訣とは!?
世界一幸せな人に学ぶ、幸福度が高まる秘訣とは!?

圧倒的な幸せ度を示したマチウ・リカールに、幸せになる秘訣を教えてもらいましょう。それは、チベット僧になることでもなければ、普段からダライ・ラマのような超有名な指導者に教えを乞うことが必須なわけではありませんのでご安心ください。

その秘訣とは、瞑想にあります。実は、マチウ・リカール以外にも、圧倒的に幸福度をたたき出した人たちがいます。その人達はみな、瞑想の達人たちなのです。

圧倒的な幸福度をたたき出す彼らは何を考えているのでしょうか?瞑想といえば、思い起こされる“無”の状態にあると思われた方もいるかもしれませんが、実はそうではないのです。もっと身近かつ、いつも皆さんが触れ、抱くこともある“思いやり”について瞑想していたのです。

マチウ・リカールはこんなことを言っています。

思いやりは文句なく最も幸せな状態だ。そして二番目に幸せな状態は“開かれた意識”だ

(チャディー・メン・タン著「サーチ・インサイド・ユアセルフ」より)

そう、他者を思いやる心、他者の役に立ちたいという心が幸せの土台なのです。そして、それを育むツールとして非常に有能なのが、どうやら瞑想ということになりそうです。

世界一幸せな人の不幸せな日

「あなたでさえ幸せでない日はあるか?」という質問をマチウ・リカールにした人がいます。その質問にマチウ・リカールは下記のように答えています。

(略)とても幸せな人にも悲しく感じる日はある。――たとえば、人が苦しんでいるのを目にしたときだが、その悲しみの下には、揺らぐことのない幸せの大きな深みがある。

(チャディー・メン・タン著「サーチ・インサイド・ユアセルフ」

私自身、つい最近瞑想によってこのことを強く実感しました。瞑想中に初めて自然と涙が流れてきた時です。その時私の頭に浮かんできたことは、「私にとって大切な、ある人の苦しみと、その苦しみを和らげるために何かできないか」、ということでした。

この瞑想中、悲しみや苦しみと対峙しましたが、そのバックグラウンドには、確かに柔らかく包まれたような平和感、マチウ・リカールの言葉で言うのであれば「揺らぐことのない幸せの大きな深み」がありました。

瞑想によって実感できる幸せとは、一般的に想像される幸せな状態とは少し違うのかもしれません。ずっと楽しい状態、ずっと喜びに満ち溢れている状態とは異なると思うからです。

悲しみや苦しみ、怒り、楽しみ、喜びなど様々な感情がやってきても、その下にある柔らかく包まれたような平和感・安心感によって「私は大丈夫」と思える状態のことではないでしょうか?

瞑想によって得られる恩恵は、他にも様々なものがあると科学的に示されていますが、最も核心に迫る部分が“圧倒的な幸福度”なのかもしれません。

既に瞑想を実践している方はそのまま真の幸せを探求してみてください。瞑想に対して懐疑心を持っている方も、「騙された」と思って一度試してみる価値は、あると思います。

参考資料

  1. 楢橋敏夫 前頭前野 脳科学辞典 DOI:10.14931/bsd.1657 (2014)
  2. Davidson RJ, et al, Trends in Cogn Sci 3, no.1(1999):11-21
  3. チャディー・メン・タン著(2016)「サーチ・インサイド・ユアセルフ」柴田 裕之 訳,英治出版