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「前腕」とは肘から手首までの部位をいい、橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)で構成されています。前腕についている筋肉の総称を「前腕筋」といい、筋肉の種類は他の部位に比べて圧倒的に多いです。
ただ、足関節、膝関節、股関節、肩関節について解説するサイトは多いですが、前腕について書かれているサイトはあまり見かけません。今回は、そんなあまり紹介される機会が少ない前腕について解説したいと思います。
構成する筋肉は多層構造に
前腕を構成する筋肉には、橈側手根屈筋(とうそくしゅこんくっきん)、尺側(しゃくそく)手根屈筋、長橈(ちょうとう)側手根伸筋、短橈(たんとう)側手根伸筋、尺側手根伸筋、腕橈骨筋、円回内筋、浅指屈筋、深指屈筋……など、すべてを紹介しきれないほど種類があります。
これまで筋肉の機能解剖について解説し、起始停止を記載していましたが今回は、他の部位に比べ筋肉の種類が多く、作用する動作も多岐にわたるため、割愛させていただきます。
おもな作用
- 肘の曲げ伸ばし
- 手の平を上に向ける前腕の「回外」
- 手の平を下に向ける前腕の「回内」
- 手首を返す手関節の「背屈」
- 手首を曲げる手関節の「掌屈」
- 親指側に手関節を曲げる「橈屈」
- 小指側に手首を曲げる手関節の「尺屈」
- 指を曲げる指関節の「屈曲」
- 指を伸ばす指関節の「伸展」
……など、様々です。
このように前腕に付着する筋肉が多いため、他の関節に比べて肘や手首、指は、細かく動かすことが可能なのです。
また指を動かす筋肉にも前腕から付着している「外在筋」、手関節内に付着している「内在筋」と分類できます。つまり、前腕だけでなく、手の中にも小さな筋肉が多くあることを覚えておきましょう。
例えば、爪楊枝を手と足でそれぞれ掴むとします。手は細かく動かせるので細い爪楊枝を安定して掴めますが、足は細かく動かせないので器用な人でない限り掴めません。このように手先は前腕や手先の筋肉が多くあることで細かい動きを可能にしているのです。
前腕筋の筋バランスをチェック
なお、手先を細かく動かす作業が多い仕事をしている人だと前腕筋のバランスが崩れやすいので注意が必要です。気になる人は、次の方法で、筋バランスをチェックしてみましょう。
- 両方の肘を直角に曲げて脇を閉じます(「小さな前ならえ」の姿勢)
- 左右の手の平を同時に上に向けます
- 左右の手の平がしっかり上を向いているかチェック
前腕の筋肉のバランスが悪いと可動域が制限されてしまいます。特に、パソコン仕事、書き仕事、作業系の仕事など手の平を下に向けて手先を細かく動かす仕事をしている人は手の平が上に向きにくい傾向にあります。
次に手の平を下に向けて可動域制限がないかチェックします。これも左右で可動域の差があれば前腕筋のバランスが悪くなっているといえるでしょう。
前腕筋の主な筋症は、「ドゥケルバン腱鞘炎」
なお、前腕筋は筋性の症状が出やすいといった特徴があります。前述のとおり、手先を細かく動かす機会の多い人や、重たい物を頻繁に持つ人は、特に症状が出やすいでしょう。なかでも注意が必要なのが、「ドゥケルバン腱鞘炎」です。
これは親指の付け根に痛み(長母指伸筋、短母指伸筋)が出現する障害のこと。手首や親指を動かすと痛みが出るため物を持ったり、手を床に着く際、症状が出ます。
痛みの主な原因は手の使いすぎです。治療アプローチの例としては以下の通りです。
- 手を使う量を減らす
- サポーターで手首、親指を保護する
- 薬、アイシングで炎症症状を抑える
- ストレッチで筋肉をケアする
ドゥケルバン腱鞘炎以外にも上腕骨内外上顆炎という肘に痛みが出る筋性の症状もあります。これらは患部側の肩甲骨や脊骨の動きを制限することが多いようです。
脊柱を中心とした身体の中枢部の動きが制限されますので、上肢全体の動きが悪くなり、最終的に末梢部の肘、手首、指を過剰に使うようになります。つまり小手先に頼った動きになりがちということです。改善には、脊骨、肩甲骨を動かすエクササイズをすることが有効です。
ただし、こうしたアプローチをするには、あくまでも医師による診断が必須になります。もし、みなさんの周りの参加者にこのような方がいたら整形外科への受診を、すすめるのが良いでしょう。
女性が多く通う、ヨガスタジオでは注意が必要
なぜ、今回ドゥケルバン腱鞘炎を取り上げたのかというと、ヨガを日常的に行っている層でもある、産後の女性や更年期の女性に多く発症するからです。
これらの年代の女性は育児、家事、仕事と手を使うことが多いうえに、産後や更年期は、ホルモンバランスの変化により腱の動きが悪くなり炎症が起きやすい傾向にあります。
女性ホルモンの、ひとつであるエストロゲンは腱や滑膜の腫れを抑え腱の動きを滑らかにする作用があるといわれていますから、更年期でホルモンバランスが崩れ、エストロゲンの分泌が少なってしまうと、腱や滑膜に炎症が起こりやすくなってしまうのです。
こうした、身体の変化にくわえて、育児や家事、仕事による手のオーバーユースにより、炎症症状を強くするのです。
ヨガ指導の現場でも、こうした悩みを抱える方を見かける機会が、いつかくるかもしれません。
腫脹、熱感の炎症症状がある場合は無理せず安静にするのが最善策。先のとおり、整形外科への受診をすすめてください。医者からのアドバイスを受けたうえで今後のレッスンをどうするか話し合いましょう。
前腕筋とヨガの関係
ヨガにおいては、床に手を着いたり、身体のどこかの部位を掴むようなアーサナで前腕筋が働きます。
床に手を着くアーサナ
- 板のポーズ
- 蛍のポーズ
- 賢者のポーズ
……など。
床に手を着く時は大体背屈位なので自然と手首を掌屈し、前腕屈筋群がストレッチされるアーサナが多くなります。もしこの時に前腕屈筋群の伸張性が著しく低下している場合、床に手を着くのが難しくなります。
その際には、前腕筋のストレッチをあらかじめ行い、手首の可動域を改善してからアーサナに取り組むのが良いでしょう。
今回は前腕筋について解説しました。前腕は小さな筋肉がたくさん付着しているので手先の細かい動きを可能にします。そのため前腕の屈筋群と伸筋群の筋肉バランスや外在筋と内在筋のバランスが崩れると筋性の痛みが生じやすい、といった側面も。
特にホルモンバランスが崩れやすい産後の方や更年期の方は症状が出やすいので、もし、そのような方が生徒さんにいらっしゃった場合は、丁寧にコミュニケーションをとり、無理のない範囲での指導を心がけましょう。