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私たちが行っているアーサナや呼吸の実践は、ハタヨガと呼ばれる身体を使ったヨガの流派が基になっています。今回は、ヨガ実践者にとって、もっと身近な教典ともいえる『ハタヨガ・プラディーピカ』をご紹介します。
ハタヨガとは何かを知ろう
現代を生きる、私たちが行っているアーサナや呼吸を組み合わせたヨガの流派をハタヨガと呼びます。
ハタヨガは、10世紀頃に生まれたヨガで、ギーターやスートラよりもだいぶ後に発生したヨガの流派です。
ハタヨガはタントラの影響を非常に強く受けています。タントラは、生命エネルギーの使い方を説く秘儀的な宗派です。ヨガ・スートラの精神性に特化したヨガに比べて、身体のエネルギーをコントロールすることで、潜在的な自分の能力を高めようとします。
現代の主流になっている、ほとんどのヨガの源流がハタヨガです。ハタヨガについて学ぶことで、アーサナやプラーナヤーマなどの身近な練習の本当の目的と効果が分かります。
ハタヨガの語源
一般的にハタの2つの文字が次のような意味を持っていると考えられています。
タ:月・吐く息
2つが一緒になることで、陰陽であったり、相対する2つのもののバランスを表していると考えられています。また、ハタという言葉はサンスクリット語で「力・努力」といった意味があり、「力のヨガ」と考えられることがあります。
ビハーグ・ヨガ・スクールの代表であるスワミ・ニランジャーナナンダ・サラスワティ氏によると、ハタは“ハン”と“タン”という2つのマントラの組み合わせだと説明されています。
タン:チッタ・シャクティ(心)、マノマヤ・コーシャに関係する
つまり、ハタヨガとは、思考と生命エネルギーの融合だと考えられます。
ハタヨガとヨガ・スートラのヨガの違い
『ヨガ・スートラ』のヨガは、八支則と呼ばれる8つの段階を順番に実践しながら、自分の心について学びます。『ヨガ・スートラ』の冒頭には、ヨガは心の働きを止めることだと説明されています。
ヨーガとは心の作用を止滅することである。(ヨガスートラ1章2節)
それに対して、ハタヨガはラージャヨガへ昇るための道だと言われています。
ハタヨガは、高遠なラージャ・ヨガに登らんとするものにとって、素晴らしい階段に相当する。(ハタヨガ・プラディーピカ1章1節)
ラージャ・ヨガは、一般的に『ヨガ・スートラ』のヨガとして知られています。心をコントロールして深い瞑想状態に入るヨガは、一般の人にとってとても困難なものです。そのため、コントロールしやすい身体を使って行うヨガが発達したと考えられています。
ハタヨガ・プラディーピカとはどんな教典?
『ハタヨガ・プラディーピカ』は、16世紀ごろにスヴァートマーラーマという聖者が記したと言われています。
『ハタヨガ・プラディーピカ』のプラディーピカとは、「ランプ・灯(ともしび)」という意味をもつことから、この教典はまさにハタヨガを志す人にとっての道を示してくれる光です。
異説がいりみだれるやみのなかに迷うてラージャ・ヨーガを知らない人のために、慈悲ぶかいスヴァートマーラーマ道士はハタ・ヨーガの灯明(プラディーピカ)をかかげる。(ハタヨガ・プラディーピカ1章3節)
ハタヨガは、ラージャ・ヨガ(サマディ)に到達するための階段であると言われています。潜在的なエネルギーのコントロールによって、様々な超人的能力を発揮することも可能ですが、本来の目的はスートラやギーターと同様です。
その過程で、身体の状態も常に浄化していくため、あらゆる病気などを取り除く効果もあり、一般の人にとっても恩恵を受けやすいヨガの流派です。
ハタヨガの実践4つの段階
ハタヨガにはとても多くの流派があるため、教典ごとによって実践方法が違います。今回は、ハタヨガの中でも最も有名な教典の一つである、『ハタヨガ・プラディーピカ』の実践についてご紹介します。
ハタヨガの順番は次のように行われます。
- アーサナ(座法)
- シャット・カルマ(6つの浄化法)
- プラーナヤーマ(調気法)
- ムドラー(印)
- ラージャ・ヨガ(三昧)
同じハタヨガ系の教典でも、『ゲーランダ・サンヒター』ではプラーナヤーマが瞑想の直前に来ていたりと、練習の順番は統一されていないようです。ハタヨガは、師から弟子に伝えられる実践がとても大切です。それぞれの流派によって違いがあるので、読み比べるのも面白いですね。
第1章 アーサナ
ハタヨガでは、84,000のアーサナが存在すると言われていますが、『ハタヨガ・プラディーピカ』の中では15種のアーサナが紹介されています。そのなかでも、次の4つが重要視され、それぞれのアーサナのポーズの方法と、効果が書かれています。
- シッダ・アーサナ(達人のポーズ)
- パドマ・アーサナ(蓮華のポーズ)
- シンハ・アーサナ(ライオンのポーズ)
- バドラ・アーサナ(吉祥のポーズ)
また、第一章ではハタヨガの大事な心得が沢山書かれているのも特徴です。例えば1章の64節では、老若男女問わず、病人も虚弱な人も、ヨーガの成功は叶うと書かれていたり、65章では、ヨーガは実践が全てであり、実践を伴わない知識は意味がないことがハッキリと書かれています。
ヨガを志す人にとって大切な言葉が、ギュッと詰まった章です。
第2章 プラーナヤーマ
ハタヨガでは、呼吸と心は完全に繋がっていると考えています。
気が動くと心も動く。気が動かなければ心も動かなくなる。ヨーギーは不動心に達しなければならない。だから、気の動きを制止するべきである。(ハタヨガ・プラディーピカ2章2節)
ここで書かれている気とは、プラーナ(生命エネルギー)を意味しています。
プラーナは、世界全体に流れているエネルギーで、自然に存在するあらゆるものはプラーナによって動かされます。電化製品が電気がないと動かないように、人もプラーナがないと生命を維持できません。
そのため『ハタヨガ・プラディーピカ』では、生と死の定義を、体内にプラーナが留まっているか否かで判断します。
一般に、気が体内にとどまる間は生きているといわれる。気がカラダから出ていくのを死という。だから、気の動きを制止しなければならない。(ハタヨガ・プラディーピカ2章3節)
生命エネルギーであるプラーナをコントロールするために、ハタヨガでは呼吸法を行います。『ハタヨガ・プラディーピカ』では、8種のプラーナヤーマの方法と効果が説明されています。
身体の浄化法であるシャット・カルマ(6つの浄化法)
プラーナヤーマを行う前に、シャット・カルマ(6つの浄化法)を行います。プラーナは体の中で、ナーディ(気道)という管を通っていきわたりますが、そのナーディの中が汚れていると体内のエネルギーが上手く流れません。
ハタヨガでは6つの浄化方法で、体内の中のエネルギーが自由に流れるように準備をします。
第3章 ムドラー
ムドラーは『ヨガ・スートラ』などでは見られない、ハタヨガの独自の実践です。ムドラーの意味は、「印・象徴・シンボル」などです。クンダリーと呼ばれる潜在的なエネルギーを起こすためのアプローチを行います。
実際の練習は、アーサナとプラーナヤーマ、バンダなどを組み合わせたものが多いです。
『ハタヨガ・プラディーピカ』では、10のムドラーの方法と効果について書かれています。
体内のエネルギーをコントロールするバンダ
バンダとは、体内のプラーナをコントロールするのに大切な場所です。バンダとは「締める」という意味で、ハタヨガではマハー・バンダと呼ばれる次の3つの部分を使います。
- ジャーランダラ・バンダ:喉を締めること。上昇しやすいプラーナを体内に戻す
- ウッディーヤナ・バンダ:腹部の締めつけ。丹田と呼ばれることも多い。
- ムーラ・バンダ:下に流れるアパーナ気を引き上げる
バンダは、ムドラーとして行うときもありますが、アーサナやプラーナヤーマの実践で使うことで、効果が何倍にも上がります。
第4章 ラージャ・ヨガ
ラージャ・ヨガは、『ヨガ・スートラ』でのサマディと同様の言葉として使われています。
2章で説かれたように、プラーナ(気)が弱まった時に同時に心も消滅します。その時、ジーヴァ・アートマンと呼ばれる本当の自分の姿を知ることができます。その状態は、プラーナヤーマやムドラーを行い、意識が外に向かなくなったときに自然に起こります。
また、ハタヨガでは、体内から現れるナーダと呼ばれる音に意識を向けることで、より深い瞑想の状態を作り出します。
ハタヨガを学んで実践に活かそう
今回はそれぞれについて深く説明することはできませんでしたが、ハタヨガの教典は、とても具体的な練習方法について説明されていることを感じて頂けたかと思います。
ヨガ的な身体の仕組みを知ることで、ヨガの効果が何倍にもなります。ぜひ、ハタヨガの教典を手に取って、ヨガを深めるために役立てて下さい。