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ある日の朝方、突然猛烈な奥歯の痛みに襲われ、目が覚めました。
じんじんとした疼痛は、まるで薄紙にこぼれたインクのように、ジワジワと後頭部、頸部、肩、腕にまで広がっていきました。痛みで思考が遠のき、気が遠くなるのは初めての経験です。痛みがここまで人を無力にするとは。
もちろん毎日歯を磨き、リステリンで口もゆすいでいて口腔ケアには人一倍気を使っていたはずなのに……。幸いその日はお休みだったので、藁にもすがる思いで休日診療に駆け込みました。
ストレスが原因で歯に激痛!?TCHをご存知?
そうとう噛み締めているでしょ??
通常の状態では歯と歯が接触しているのは1日平均20分以下なんですよ。
松島さんの場合、歯がすり減っているし、側頭部の圧痛もあるので噛み締めすぎなんじゃないのかな?あとストレスかかってない?
その後、日常生活で歯の接触について自己を観察してみると、想像した以上に歯が触れていることに気が付きました。
日常の診察中も、ヨガのチャレンジポーズのときも、さらにはマインドフルネスのボディスキャンのときにさえ歯を食いしばって“頑張って”しまっていました。
頑張らなくてはいけないと考えると無意識に歯を食いしばっていたのです。
コロナ禍の心と身体のSOSは“歯と顎”にあらわれる!?
そしてDrから指摘されたストレスですが、自覚的には全く感じていませんでした。しかし振り返るとスケジュールを詰め込み過ぎて、丸一日の休息は数ヶ月とっていないことに気づきました。
日々外来で、休息をとるように患者様には伝えているのにこれではいけないと日常生活を見直すよいきっかけとなったのは言うまでもありません。
TCHとは歯列接触癖(Tooth Contacting Habit)で「噛み続け癖」などと呼ばれ、上下の歯を接触させ続けてしまう状態をさします。
TCHの原因として考えられるのは、パソコンやスマホの操作に集中しすぎることや少し俯いた状態での操作、また、ストレスなどで緊張して歯の接触する機会が増えるためだといわれています。
デジタル化した、ストレスフルな現代社会に多く発現する、まさに現代病です。コロナ禍で、いままで以上にスマホとパソコンでの作業が多いいまは特に注意が必要といえるでしょう。
緊張すると歯を食いしばるとか、強敵を前にして歯がたたないなどと、緊張を強いられたりすると口腔が緊張するのはいたしかたないことかもしれません。
ですが、上下の歯を接触させ続ける習慣がついてしまうと、顎関節に長時間力がかかり、口の筋肉が緊張状態になり疲労してしまうのです。
顎関節症の発症や悪化を招く可能性の他、噛みあわせの違和感や歯の痛みにつながる危険性もあり、
治療方法は、元東京医科歯科大学准教授 木野孔司先生が考案された上下の歯を段階的に離していく方法が有名です。筆者もこの方法を試すことで徐々に楽になってきました。
ストレスサイン、TCHの改善法
Step1
数秒間、歯を軽く接触させたり、離したりする。歯を接触させた際、頬の筋肉が動くかどうかチェック!
Step2
「力を抜く」「リラックス」などと書いた紙を貼り、それを見る度に脱力する。
- <脱力時のポイント>
- 鼻から大きく息を吸う(約1秒)
- 口を少し開いて、一気に息を吐き出す(約1秒)
このとき、上下の歯を接触させ、肩を持ちあげる
このとき上下の歯を離し、肩をストンと落とす
※慣れてきたら一瞬でOK。オーバーにやるとより効果的!
Step3
歯が触れていると感じたら脱力。繰り返しているうちに、上下の歯が触れた瞬間に気づくようになる
人は心が緊張すると、身体に自然と力が入る
とても強い不安や緊張を感じると、その「緊張信号」は脳に伝わり、自律神経のうち交感神経を優位にさせ、動悸や発汗、しだいに筋骨格系の硬直化を招きます。
ストレスで肩こりを訴えられる人は多くいますが、その原因には眼精疲労や、首の周囲から両肩にかけての筋肉の緊張の高まりなどが挙げられます。同様にTCHも無自覚な筋緊張が原因です。
ストレス社会である今日、無自覚に筋緊張が強まっている方が、筆者も含め多いのではないでしょうか?
シャバーサナは究極かつ極上のリラックス法
では筋緊張が一番緩んでいるのはどのタイミングでしょうか?
この理想が、まさにアーサナの後のシャバーサナ(リラックスした臥位のポーズ)。アーサナによって筋肉を緊張させた後にこそ、筋肉は最高にリラックスできるのです。
この原理である筋肉の緊張と弛緩をくり返すことを応用したリラクゼーション法の一つとして有名なのが漸進的筋弛緩法です。
エドモンド・ジェイコブソンが開発した方法で、筋肉の完全な弛緩、つまりリラクゼーションを誘導するために、各部位の筋肉を数秒間緊張させた後に弛緩することを繰り返していく方法です。
各部位の筋肉に対し、10秒間力を入れ緊張させ、15~20秒間脱力・弛緩します。身体の主要な筋肉に対し、この基本動作を順番に繰り返し行っていきます。各部位の筋肉が弛緩してくるので、弛緩した状態を体感・体得していきます。
シャバーサナの効果を高める+αの心地いい、ひと手間
- 両手
- 上腕
- 背中
- 肩
- 首
- 顔
- 腹部
両腕を伸ばし、手のひらを上にして、親指を中にして握る。10秒間力を入れ緊張させた後、手のひらをゆっくり広げて膝の上におき、15~20秒間脱力・弛緩する。
握った手を肩に近づけたら、上腕全体に力を入れて10秒間緊張させ、その後15〜20秒間脱力・弛緩する。
握った手を肩に近づけてから、左右の肩甲骨を寄せ10秒間緊張させる。その後15〜20秒間脱力・弛緩する。
首をすぼめるように両肩を上げて10秒間緊張させる。その後15〜20秒間脱力・弛緩する。
右側に首をひねり10秒間緊張させ、その後15〜20秒間脱力・弛緩する。左側の同様に。
口をすぼめ、顔の全パーツを中心に集めるように10秒間力をいれる。その後15〜20秒間脱力・弛緩する(口がぽかんとあいた状態にする)。
腹部に手を当てたら、それを押し返すようにお腹に力を入れる(10秒間)。その後15〜20秒間脱力・弛緩する
コロナ禍によるリモートワークでオンオフの切り替えがつかずストレスが溜まっている方、肩の緊張がなかなか取れない方などにぜひおすすめです。
またヨガのプラクティスをした後、シャバーサナの前に筋弛緩法を試していただくことでより深いリラクゼーション効果が得られることが期待できるでしょう。
参考資料
- 宗田大『痛みとりストレッチ 』(青春出版社、2011年)
- 「TCHについて」日本歯科医師会 朝昼晩
- 文部科学省 CLARINETへようこそ在外教育施設安全対策ですが、ストレスについてまとまっており参考になります。