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ヨガを練習しているとうまく集中できないと感じる人も多いと思います。
ヨガは誰にでも練習できるものですが、同時に誰でも陥ってしまう障害があります。
ヨガの教典である『ヨガ・スートラ』の中には、ヨガを練習していると対面する様々な障害と、それを克服する方法が紹介されています。
ヨガの練習者が対峙する9つの障害
まずは、ヨガ・スートラに書かれた9つの障害を見ていきましょう。
「病気、無気力、疑心、散漫、怠惰、快楽への執着、妄見、サマディへの不入、サマディからの脱落、これらの心の散乱が(ヨガの)障害である。(ヨガ・スートラ1章30節)」
ヨガには沢山の障害がありますね。
病気
そもそも身体が健康でないことはヨガにとって障害です。
例えば、腰が痛くて床に座っていることができない人にとって瞑想はとても苦痛であり、練習を続けることが困難です。
だから、ハタヨガでは身体の健康から整えることを推奨します。
無気力
ヨガに対するモチベーションがないと、マットの上に立つのも億劫になってしまいますね。
自分がなぜヨガの練習をするのか理解しておくことはとても大切です。
疑心
自分が学んでいる教えへの疑いも大きな障害です。
「この先生の言うとおりに練習して、本当に効果あるのかな?」と疑いながらの練習では、効果も実感しにくいですね。
散漫
集中力がなくて心が散漫な状態ではヨガも難しいです。
特に現代社会ではマルチタスクを行うことも多いと思います。また、スマートフォンなどを見ていると、数秒ごとに新しい情報が入ってくるので、長時間1つのことに集中することが難しいと感じる人も増えていると思います。
怠惰
怠け心が強くなっている状態はタマス(暗質)が強まっている状態です。
早起きしてヨガを練習しようと決心しても、ベッドから出られない、スマートフォンを見始めたら時間が無くなっていた、そんな怠慢になってしまう時もありますよね。
快楽への執着
1度経験した幸福や快楽に対して執着してしまうことはヨガの障害となります。
俗世的な対象への快楽は一瞬の喜びを与えてくれますが、「これがないと幸せになれない」という執着心を生みます。
サマディへの不入
頑張って瞑想に励んでいるのに、なかなかサマディ(三昧)に入れないことはヨガの練習から私たちを遠ざけてしまうことがあります。
アーサナの練習をしていても、毎日シルシャーサナ(頭倒立)を練習しているのに、同じクラスで自分だけが何か月もできないと、つまらなく感じてしまうといったことがおきますね。
妄見
間違ったことを思い込むこともヨガの障害となります。
よく言われるのは、瞑想をしている時に起る「今サマディ(三昧)に入った」という勘違いです。瞑想をしていると一瞬眠りに入り、思考の働きが止まったことによって、それをサマディだと勘違いすることがあります。
間違ったサマディに心が囚われると、本来の目的と違う道を進んでしまいます。
サマディからの脱落
ヨガではサマディ(三昧)に到達することがゴールだと考える人もいますが、実は1度サマディを体験してからが新たなチャレンジです。
1度サマディを経験すると、その喜びからサマディに対する執着が強まってしまうことがあります。
その結果、新しい執着心が原因で、またサマディに到達できなくなってしまうことが頻繁に起きます。
1度手に入れたと思ったものを失う不安は大きく、それに打ち勝たないと本当の安定は手に入りません。
ヨガ・スートラの説くヨガの障害を克服する方法
ここまでヨガの練習者が陥る障害について書きましたが、ここからはヨガ・スートラの説く、障害を手放す方法をご紹介していきます。
ジャパ(マントラを唱える)
1つ目はジャパです。ジャパはマントラを繰り返し唱える方法です。
特にヨガ・スートラではオーム(OM)という一音のマントラを繰り返すことを勧めています。
オームは世界の始まり・中間・終わりの全てを含むマントラで、完全な状態の自分の姿を現すものでもあります。
繰り返し自分の唱えるマントラの音に集中することで心が穏やかになります。
マントラの純粋な音の波動により、あらゆる疑念も弱まっていきます。
慈悲喜捨の心を育てる
「他人の幸せ、不幸、善行、悪行に対して抱く、友情、同情、喜び、無関心の感情は心の寂静を生む。(『ヨガ・スートラ』1章33節)」
他人に対する慈しみの感情を抱くことも心の穏やかさを生み、ヨガの障害を取り除くことに繋がります。
人の心の苦しみの多くは、自分と他者を比べて、自分の方が優勢でいたいという自我意識(エゴ)のぶつかり合いによって生まれます。
自分の方が得をしたか、勝利したか、優れているかと比較してジャッジする必要はありません。慈悲喜捨は、他人のことを自分のことのように想う心です。
人と自分を同等に見られるようになったとき、心の揺れはなくなっていきます。
吐く息と息を止めること
次の方法は、息を制御しながらゆっくりと吐き出すこと、または、息を止めること(クンバカ)です。
心と呼吸には密接に関係があります。
日常生活では、心の状態に息が従っています。
緊張していると息が浅くなり、怒りなどで興奮していると息が荒くなります。逆に、息を整えることによって、心を整えることもできます。
ヨガのプラーナーヤーマ(調気法)では、様々な呼吸の技法によって心身の状態を整えていきますが、日常のちょっとした場面でも、落ち着きがない時には深い呼吸、特にゆっくりと息を吐く深呼吸はとても効果的です。
微細な感覚への意識
ヨガの実践を行っていると、内側からとても微細な感覚が現れることがあります。
ヨガの聖者たちによると、ヨガ実践者が鼻先に意識を集中させると超感覚的な香りを感じるそうです。
同じように舌の先への集中は超感覚的な味を、口蓋への集中で超感覚的な色彩、舌の付け根では超感覚的な音、舌そのものでは超感覚的な触覚を感じます。
そのような感覚への集中は心を穏やかにします。
なかなかそんな超感覚を体験できないという人も多いと思います。その場合、日常で感じる好ましい感覚に集中しましょう。
美しい花の香り、夕焼けの美しい色、海の潮騒など、自分にとって好ましい感覚に意識を集中させることで心は穏やかになります。
夢や深い眠りの体験を念想
とても気持ちがいい眠りの体験を思い出して、そこに意識を集中させることも効果的です。
朝起きた時に、しばらく心地が良い眠りの感覚を思い出して、その感覚を記憶しておくのもいいでしょう。寝起きに直前まで見ていた夢を思い出すのも、心の穏やかさを育みます。
また、チベット密教には夢ヨガという技法もあります。夜寝る前に自分が見る夢を決めることができるそうです。
自分が尊敬する聖者に夢の中で出会うことによって、その聖者が到達した高い意識状態に近づくことができます。
自分の心を穏やかにする時間を作ろう
ヨガの練習を妨げる心の中の障害が現れた時に行う克服方法をご紹介しました。
皆さんにも、自分なりの心の落ち着き方はありますか?
ヨガの障害の克服法は、ヨガ以外にも何かに集中したいときにとても役に立ちます。
上手く集中できないときに、無理やり取り組もうと思ってもなかなか上手くいかない時もあるでしょう。
いったん深呼吸して、自分の心を落ち着けるためのコツを覚えておくと、どんな時でも穏やかに過ごせそうですね。