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昨今のヨガブームの中、ヨガには様々な効果があると言われています。ちょっとネットを調べてみると、
- ヨガは血糖値を下げ
- ダイエット効果があり
- うつや不安に効果があり
- 身体のゆがみを治し
- 認知症予防し
- 血圧の改善をして、、、
と盛りだくさんですね。
でも本当でしょうか? 上記の効果の中には、文献などの根拠が提示されていないものも残念ながら存在します。その中の1つに「ヨガとうつの関係」があります。
そこで今日は、精神科医として「ヨガとうつ」の関係についてお話します。
そもそも、うつ病とは?うつ状態?そううつ病?何が違うの?
うつとヨガの話をする前に、簡単にうつ(鬱)病について説明します。
うつ状態とうつ病は違います!
細かい話をすると、そもそもうつ状態とうつ病は異なります。精神科ではうつ状態を抑うつ状態と表現することが多く、ニュアンスとして「うつ病の診断基準を満たさないが、正常ともいえない状態」のことを指します。
そのため、「ヨガがうつに効果がある」という記載を皆さんが読む際には、下記の区別をつけながら情報を判断していく事が本当は必要になります。
- うつ=大うつ病性障害(Major Depressive Disorder, MDD)を指しているのか
- うつ=抑うつ状態 (Depressive State)を指しているのか
- 他の病気の症状としての抑うつを指しているのか
更に細かい話をすれば、上記2の「抑うつ状態」はあらゆる場合に生じます。例えば、
- もともと健康であるが、嫌なことが重なり気分が落ち込みがちな場合
- 発達障害の診断を受けている方がひょんなことから鬱々とした気分が続く場合
- 統合失調症の診断を受けている方が、病状の軽快に伴い気分が落ち込んでいく場合
- 認知症の初期における気分の落ち込み
本当は更に沢山あります。上記の例で1はうつ病に移行する可能性がありますし、2,3,4に関しては元々の疾患にうつ病を合併しても何もおかしくありません。うーん、複雑ですね。
だからこそ世の中で「ヨガとうつ」に関して語る際には、どうしてもざっくりした状態になってしまいがちです。
うつ(鬱)病と、そううつ(躁鬱)病も違うもの
うつ病と双極性感情障害(躁鬱病)におけるうつ病相(時期・タイミング)は同じように見えて経過が異なります。こうした区別は、とても大事です。治療に対するアプローチや使用する薬が異なり、診断を間違えることが有害になるケースがあるからです。
※ちょっと細かい話をすると、双極性感情障害(躁鬱病)のうつ病相をうつ病と思い、うつ病の治療をした結果、双極性感情障害(躁鬱病)が悪くなってしまう、などといった事が起こりえます
それでは、うつ病の診断について、チラッと見てみましょう。ここでは、「なんとなく気分が落ち込んでいる状態」と「実際に病気」との違いを意識して読んでください。
「うつ病」との症状と診断基準
前述の1の「大うつ病性障害」と診断を患者にする際には、厳格な診断基準があります。AかつBかつCかつ、、、といった診断基準をある一定期間満たした場合に大うつ病性障害、との診断を受けます。つまり、ただ「気分が落ち込んでいる」だけでは大うつ病性障害にはならないということです。
それを満たさなければ、「大うつ病性障害」ではありません。しかし、目の前の皆さんが「うつ状態(気分が落ち込んでいる状態)」では無いと否定するわけではありません。再度強調しておきますが、抑うつ状態とうつ病は異なります! ではどういう基準があるのか?
大うつ病性障害 診断基準
以下の症状のうち、少なくとも1つある。
- 抑うつ気分
- 興味または喜びの喪失
さらに、以下の症状を併せて、合計で5つ以上が認められる。
- 食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
- 不眠あるいは睡眠過多
- 精神運動性の焦燥または制止(沈滞)
- 易疲労感または気力の減退
- 無価値感または過剰(不適切)な罪責感
- 思考力や集中力の減退または決断困難
- 死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
上記症状がほとんど1日中、ほとんど毎日あり2週間にわたっている症状のために著しい苦痛または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能障害を引き起こしている。これらの症状は一般身体疾患や物質依存(薬物またはアルコールなど)では説明できない。[1]
意外と診断って大変なんです。少なくとも、抑うつ気分だけでは「うつ病」と言えない事がお分かり頂けたと思います。
複雑な「うつ」に対して、「ヨガがうつに効く」とはどういうこと?
こうした非常に複雑な事態を踏まえて考えると、よく耳にする、「ヨガがうつに効く」という事は一体どういうことなのでしょうか? うつの経験があり(うつ状態かうつ病かその他か不明)ヨガで救われた、と思っている方が同じように悩んでいる人にヨガを勧める際に気を付けるためにはどんなことに注意したらいいでしょうか?
巷で「ヨガがうつに効く」といった表現で書かれている、もしくは人が言っている際それが意味するところは「ヨガにはリラックス効果があり、ヨガによるストレス軽減の結果として、気持ちの落ち込みが改善される。」という場合が殆どです。この程度の理解しかされていないのが現実ですし、決してこの内容が間違っているわけではありません。
ヨガの効果を過大評価していませんか?
しかし中には、
ヨガはうつ病に対して内服薬と同等かそれ以上に効果があり、ヨガを行えば多くの方が内服を止めることが出来る
という内容でお話をされている場合も見受けられます。これは効果の過大評価になります。
現状、うつ病に対してヨガはある程度の抗うつ効果は認められるというのは概ね合意された見解です。しかし、研究対象の人数が少ないことが原因でヨガがうつ病に対して抗うつ薬と同等かそれとも優れているのかどうかという点に関し、確固とした医学的エビデンスは現在無く今後の課題となるところです。
分かりやすい表現をすれば現状はヨガが薬と同じくらいかそれ以上に効く証拠は無い、という事です。[2]更に、「ヨガは何もしないよりはマシだが、他ウォーキングなどの運動に比べて抗うつ効果が特別高いわけではない」とも言われています。
効果がある”ヨガ”とは、そもそもどんなヨガ?
ヨガインストラクターの皆さんならお気づきと思いますが、これまでうつを一つにまとめる点の問題点を指摘してきましたが、”ヨガ”と一言でまとめるのも大分ざっくりしていると思いませんか?
ヨガの何がうつに効果があるのでしょうか? 体を動かすことでしょうか? 呼吸でしょうか? 瞑想でしょうか?
ここが更に混乱のもととなっています。うつの定義を曖昧にし、更にヨガの何が良いのかも曖昧にした結果、ヨガの効用が拡大解釈されがちです。更に”効く”っていうのも相当曖昧ですよね。
実際にうつ病であり、調子が悪い人は正直ヨガマットの上に乗るだけでも褒めてあげたいところです。それ位うつ病は調子が悪い時、日常生活が全般にわたり停止します。
うつで悩む人にヨガを進める際に気をつけること
では、「うつの経験があり、ヨガで救われた」と思っている方が、同じように悩んでいる人にヨガを良かれと思って勧める際に気を付けるにはどんなポイントがあるでしょうか?
- 安易に効用を喧伝しない。(間違っても薬より効く、薬なんか飲んだらダメ、とは言わない)
- 自分に良かったことが他人に当てはまるかどうかはわからない。(あなたの”うつ”がその人の”うつ”と同じかどうかあなたが判断出来ないときは安易に考えを押し付けない)
- 人の役に立つのは医学的エビデンス(個人的体験談は説得力に欠ける)
- ソース(文献)まで提示出来て初めて信憑性のある意見となる。(人に訴えるには根拠の提示を忘れずに!)
うつ状態の人、うつ病の人にヨガをおすすめする際には、上記のことをよく理解した上でお伝えするように気をつけましょう。
ヨガとうつの関係:まとめ
- うつ、は人によって使い方が異なる
- ヨガがうつに効く、という場合、”ヨガ”も”うつ”も様々な内容を示しており、非常に話が曖昧
- 現状うつ病に関して、ヨガが内服治療以上に効果があると断言できない
- 人に勧める時には、自分にとって良かったことが必ずしも相手に当てはまらない点にまで配慮し、可能であれば医学的根拠の提示も行おう
参考資料
- [1] アメリカ精神医学会 『DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(新訂版)』、高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳 医学書院、2004年。ISBN 978-4260118897
- [2] Cramer H, Anheyer D, Lauche R, Dobos G. A systematic review of yoga for major depressive disorder. J Affect Disord. 2017 Apr 15;213:70-77. doi: 10.1016/j.jad.2017.02.006. Epub 2017 Feb 7. Review. PubMed PMID: 28192737.