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この人の言葉を聞くと安心する。勇気付けられる。
皆さんの身近な人にも、そんな人はいるのでは。
こんにちは。ヨガジェネレーション企画部の琴美です。
皆さんは、自分のことをダメだな~と嫌になる時はありませんか?
休みの日に料理を作り置きしよう。
朝早起きして、英語の勉強をしよう。
と意気込んでいたけど、ダラダラとYouTubeを見たり、ベッドでゴロゴロして時間を溶かす。うぅ…自分が嫌になる…。
ヨガ・瞑想講師の佐藤ゴウ先生にそんなエピソードを話したわけではありませんが、ゴウ先生のお話を聞くだけで心が軽くなります。
ああ、私疲れてるのかなー。頑張ってるなー。と労わってあげたくなるような考え方を教えてくれるのがゴウ先生なのです。
「佐藤ゴウ」。安心、安全を体現する人。
もう既にご存じの方もいるかと思います。ゴウ先生がいる空間はとても温かい。
会うだけで身体が緩み、ああ、大丈夫だ。となぜか安心します。
ゴウ先生の笑顔や、ポジティブな言葉は、誰もがここにいて良いんだな、という気持ちになります。
皆さんは「ポリヴェーガル理論」という言葉を聞かれたことがあるかもしれません。
難しい説明は省きますが、その中で他者との繋がりと自律神経の健やかさの関係が説かれています。そのキーワードは「安全」です。
安全な繋がりが癒しを生み創造力を育むなどと、ポリヴェーガル理論では説明されますが、ゴウ先生はもしかすると自然にこの理論を体現している人なのかもしれない。担当はそう思います。
※参考資料:メディカ出版 第2回 職場の心理的安全性とポリヴェーガル理論はどう関連する?|産業保健活動にポリヴェーガル理論を活用しよう
シンプルでいい。それを気づかせてくれる。
佐藤ゴウ先生が伝えているヨガと瞑想。
瞑想もヨガも、もっとえってしまえば人生もゴールは同じ。それはズバリ「幸せ」。
path to dhyana 佐藤ゴウ著
このように言いますが、みなさん「幸せになりたいなんて、みんなそう思ってるよ!」というご意見もあるかもしれません。
一方で、「幸せ」とは一体何なのだろう。そう考えた方もいらっしゃるのでは。
ヨガ哲学では、幸せの定義が説かれています。
ゴウ先生はヨガ哲学を読み解き、ゴウ先生の言葉で「幸せとは?」を伝えています。
ヨガに出会った時に「綺麗ごとじゃないか」とさえ思ったことがある、というゴウ先生。
時間を掛けてヨガ哲学の経典を読み解き、かみ砕いて私たちに伝えてくれることは、とても分かりやすい。
ゴウ先生は言います。
いろんなものがね、たわいもないことなんだけど、やっぱね有難いんだよね。
シンプルですが、あらゆる経験、思考を経て辿り着いたのだろうな、という含蓄ある言葉。
ゴウ先生の著書「path to dhyana」には、「幸せ」の定義や「本当の自分とは?」という事が、論理的に綴られています。
ヨガ哲学や瞑想を通して自分を愛するプロセスとは?
講座の打ち合わせで、ゴウ先生に質問をしました。
「瞑想で幸せになるプロセスは?」
落としどころが結局なんか、こう愛情がどんだけ湧き上がってくるかな、というところになるんだよね。
最終的に、自分が好きでさ、目の前の人が好きでさ、目のまえの出来事が許せてさ、認められてさ、受け入れられるようになったら、もうその人には怖いものがないじゃない。
瞑想のゴールは「自分を愛すること」そうすると、もう幸せ以外ないのだと。
「自分を愛する」プロセスや手法が記されているのが、バガヴァッドギータや、ヨーガスートラの経典や、サーンキャ哲学の教え。
瞑想をやるのならヨガ哲学を知らないともったいないと、ゴウ先生は言います。
「私は大丈夫」思い込みや暗示ではないか?
自分を愛すると何が起きるのでしょうか。
ゴウ先生は著書で暗示や洗脳や思い込みではなんの解決にならない「私は絶対に大丈夫」という思い込みの上でヨガは深まるものではない。とはっきり述べています。
そのうえで、こう言います。
ホントの自分に戻っていきましょうっていう話ではあるんだけども、
自分が自分で自分のことを好きかどうか、なんだよね。認められてるとか、許せてるとか、もうちょっというと愛せてるかどうか。
とはいえ、「私は自分を愛している」「私は大丈夫」というのは思い込みなのかどうかなんて、自分にも分かり得ない気がします。
思い込みや暗示とか洗脳って頭でやっているのですぐにブレるし疲れるし、ただ頑固になるのと同じようなものだし。もっともっと言ってしまえば思い込みとかは無理矢理感があって不自然でしかない。これを「人工的な考え」なんて言ったりします。
path to dhyana 佐藤ゴウ著
これは分かりやすいな、と思いました。
私はできる、という思い込みや暗示でやっていることは、ブレるし疲れる。ものすごく腑に落ちました。
本当の自分を知り、愛することができた先にあるもの
自己肯定出来てるかなんだよね。自己肯定したらさ、自分のこと応援するじゃない。
がんばれってさ。時に励ましたり、時に慰めたり、自分との付き合い方が上手になると思うんだよね。
そうなってたらさ、やりたいことはやると思うよ。
もちろんその人は、物理的に、状況的にととのってないかもしれないけど、だったらそれをどうととのえていこうか、という発想になりうるし、最初からあきらめないっていうか、じゃ今はできないけど、もうちょっと時期を見てやろうかなとかさ、今は整ってないからとりあえずお金を稼ぐところかな、とか、なんか場を設けるところかな、とか、いろいろ準備しようっていう発想になっていくと思うんだよね。
そもそもなんか無理かも、とか怖いかも、とか未来のことばっかり考えると見えないけれども、でも、私は私として生まれて来たんだし、私がいる理由は、私がやるべきことをやるためにいるんだ、ということが腑に落ちれば、やると思うんだよな。
自分が、自分以外のものを与えられて今ここにいることを知ると、自分が愛おしく尊い存在だな、と思える。
結局自分って、自分が自分のことを分かっているかどうかが大事で、分かった時に、あ、自分って結構いいじゃんて。
ヨガスートラの瞑想で、ホントの自分、プルシャとホントに自分以外のプラクリティとは、みたいなね、そこが腑に落ちるような瞑想を勧めてる。
そうすると、いろんなものがね、たわいもないことなんだけど、やっぱね有難いんだよね。
結局イイも悪いもなく、有難いしかないんだよね。
変なことが起こってもやっぱ、きっかけだったりとかするし、有難いんだよね。それはそれで。
行動できずに悩んでいる人にとっては、刺さる言葉があるのではないでしょうか。
自分を知り、自分との付き合い方が上手になれば、ブレずに、疲れずに、行動を起こせるようになる。
もっと自分との付き合い方が上手になるツールが瞑想なのです。
「愛」を知り、行動ができるように。そして、伝えられる人になる。佐藤ゴウ先生から瞑想を学びませんか?
そうすると、やりたいな、と思うことを、どうしたらやれるようになるかな、って考えになってくるんだ、と講師は続けます。
もちろん、自分に与えられたものが、物理的、状況的に整ってないと感じている人もいるかもしれません。
しかし、自分がこの世にいること自体がとても尊いことだと知ると、最初からあきらめないで、どうやったらできるのか?今何ができるのか?という発想になっていき、行動が起こせるようになるのです。
このプロセスを学び、腑に落とすことで、瞑想の本当の目的が理解できます。
瞑想指導には、この土台が必須です。
佐藤ゴウから、「自分を愛し、行動ができるようになる」瞑想を学び、伝えられる指導者を目指しませんか?