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いきなり私の個人的な意見で恐縮ですが、私は自分がヨガクラスを受けていてチャイルドポーズでお休みしているときに、インストラクターから腰のあたりをぐーっと押してもらうことが気持ち良く、結構好きです。
でもインストラクターによって力の入れ具合や、力を入れてくれる時間もマチマチで、正直「??」と思ってしまう時や、更には「痛い!」と感じてしまう時も残念ながらあります。
世界的に見ると、アジャストにより訴訟や怪我につながる事例も起きています。
早速海外での残念な訴訟をご紹介します。
バッダコナーサナ(合蹠のポーズ)で大怪我!
中国、上海の話です。55歳の女性がスポーツジムで受けたヨガクラスで起きた事故です。
バッダコナーアサナをしている際にインストラクターが女性のポーズを”正した”ことで、この女性が大腿骨に永続的な障がいを負いました。それに関して女性は訴訟を起こし、裁判所はそのインストラクターを雇ったスポーツジムに対して$28,700(約300万円)の損害賠償の判決を下しました。
判決における争点として、「当該ヨガインストラクターが原告の年齢と健康状態を勘案した上での適切なトレーニングを提供することを怠った」ことが過失認定されています。
ケガの詳細が書いていないので何とも言えませんが、恐らくこの女性は股関節が固く、バッダコナーアサナをとろうとして股関節を屈曲、外転した際に両膝がヨガマットからかなり浮いてしまっていたのでしょう。
それを見つけたインストラクターがこの女性の両大腿を女性の背中から近づき、「優しく」押したら右大腿骨が骨折してしまいました。[1]
医学的に見て、そもそもヨガは安全?
今回は「ヨガインストラクターが生徒に“安全”に触れるには?」というテーマですが、そもそも論として「ヨガは安全なの?」という点について、現状医学のエビデンスでどのように紹介されているのか軽く文献をご紹介しておきます。[2][3]
結論から先に書くと、大きく3点。
- ヨガ人口の増加に伴い、ヨガ関連のケガは増えている
- ヨガは他のエクササイズと比較して同じくらい安全に行うことが出来ると考えられるが、安全性に関しては更にデータの集積が必要である
- 健常者に対してヨガは大きな問題を起こすことはないが、何かしらの既往(急性、慢性問わず)がある方はヨガをする前に医者からのアドバイスを要する
ざっくり言えば、ヨガ人口が増えるに伴い当然ケガをする人数が増えてきているが、だからと言ってヨガが危険ということではなく、基本安全なんですね。ただ、やはり何かしらの既往がある場合は要注意、ということですね。
シニアにヨガが受け入れられ、シニアのケガも増加
実際にヨガが徐々にシニアに受け入れられていく過程の中で、シニアがレッスン中にケガをするケースがどんどん増えているという報告があります。[4]
少し詳しく書くと、下記はアメリカで2001~2014年にかけてヨガの最中にケガをして救急外来を受診した人のデータの解析になります。(当然病院に行かない人もいますから実際にはもっとケガの人数は多いことが推察されます。)
要点は大きく二つ
- ヨガによるケガは2001年から2014年にかけてほぼ倍になった
- なかでも高齢者(65歳以上)においてその傾向は顕著で2014年に発生したケガの件数は2001年の8倍にものぼる
65歳以上の高齢者は特に気を付ける必要がありますね。
ケガの原因は主に4つ
そこで、何が原因でケガが起きているのかを検討した資料を探してみると、International Journal of Yoga Therapyにヨガインストラクター、ヨガセラピスト合計33,000人を対象としたアンケートに関する研究がありました。[5]
ここでは増えているケガの原因として大きく4つを挙げています。
- エゴが強すぎる(実力以上のポーズに挑もうとしすぎ、人と比較して頑張りすぎ)
- 生徒の技術不足と間違ったアラインメント
- ヨガインストラクターのレベル不足(不適切、不正確な指導)
- 生徒自身の既往(例えば:骨粗しょう症、加齢など)
1つずつ少し詳しく考えてみましょう。
1.エゴが強すぎるとケガをする
SNSや多くのヨガ情報では、ヨガはキラキラした世界が蔓延しています。若く、細く、キレイで、体も柔らかい女性が、開脚や逆立ちなどの難しいポーズを「これでもか!」と周りに見せびらかす世界。
情報の受け手は「私もこうなりたい!フォロワーを増やしたい!」と商業主義のヨガに良くも悪くも影響を受けます。
ヨガの修練を積むことが悪いのではありません。修練の目的が問題です。
”自己顕示”や”虚栄心”、”SNSのフォロワー”といった外部との比較が目的になっている場合、自身のサマディを目指すヨガの本質とは全く相いれないことをお判りいただけると思います。更にその自らの欲のせいでケガをする人が増えているというのも、本当に不幸なことです。
逆に自分自身の為に「もっと高みに」という思いが強すぎることもニヤマにおけるサントーシャ(知足)が出来ていないということであり、「アサナに入る前にすべきことがある」という点に気付くべきでしょう。
2.生徒の技術不足と間違ったアラインメント
初心者クラスに通う中で、「もう少し上のレベルに行ってみたい」という思いが生まれてくることは自然な気持ちだと思います。
ただ、どんなポーズでどんな所に気を付けないといけないかわからないと、ケガを非常に誘発しやすいです。
例えば、深い前屈で無理して腰椎を曲げることは腰痛の原因になります。他にも膝、肩、手首はヨガをしている中でケガしやすい部分です。気が付かないうちに自分で自分の身体に負担をかけすぎてしまっている可能性は常にあります。
これは生徒自らの努力だけでなく、インストラクターが適切に誘導してあげる必要性があることを示しています。
3.ヨガインストラクターのレベル不足(不適切、不正確な指導)
ヨガインストラクターとして求められるのは
- インストラクションを正確に生徒が行った場合に、安全であるように指導すること
- インストラクションを正確に生徒が行っていると生徒自身が思っていても、実際には安全な姿勢からずれてしまうことがよくあるので、その点を適宜”正して”行くこと
このようにインストラクターに求められる要求は年々高まっています。ではインストラクターの質はどのように判断するべきなのでしょうか?
最も一般的なヨガインストラクター資格である、全米ヨガアライアンスによるRYTを例にインストラクターの質に関して考えてみましょう。
現状のRYTの問題点
先に列挙してしまいます。とりあえずヨガ界の運転免許のようなRYTにおいて生徒の安全性の面から気になる点を挙げると
- RYTの受講者の殆どに、基本的な医学的知識がない
- RYT認定講座内で解剖学の講義が、規定では20時間しか割かれていない
- 障がいに対する学びが必修ではない[資料6]
資料6に関しては特に目を通して頂きたいです。記事は私の友人の寄稿であり、彼自身が脳性まひを抱えたヨガインストラクターです。
昨今のヨガ人口の増大に伴い、老若男女問わず全ての人にヨガをより身近なもの(Accessible Yoga)になる中で、現状のRYTの学びだけでは圧倒的に不十分であり、身体、精神、知的障がいに対しての知識がヨガインストラクターには必須になってくること、ヨガアライアンスはその点改善するべきである
生徒の体に触れる際、目に見えるリスクは言うまでもなく、目に見えないリスクに皆さんはどれだけ配慮していますか?
4.生徒自身の既往(例えば:骨粗しょう症、加齢など)
ヨガを教えていて、生徒さんにどんな既往があるのか見た目からは、わからないことも多々あります。
例えば、
- 高血圧
- 起立性低血圧
- 糖尿病(低血糖発作)
- 骨粗しょう症
これらは、見た目からわかりません。(骨粗しょう症、に関しては進行すれば背中が曲がることによりわかりますが、腰が曲がってしまう理由は骨粗しょう症以外にもあるので、見た目だけで何かの病気を診断することは実臨床ではレアです。)
更に例を挙げれば、内服に伴う様々な副作用もあります。ですから、生徒が何も言われないとインストラクターが”見逃す”という事態は絶対におきます!
私もレッスンの後に「実は、、、」と病気の相談を受け、「えー!最初に言ってよ~!!」と思うことはよくあります。これはレッスンの前に「気になるところがあれば言ってください」と伝えていても起こりえます。
なかなか人前で「○○が痛いです」と言うことは勇気がいるものです。ですので相当な配慮がそもそも必要になりますし、”完全に安全”は生徒に触れる、触れないに関わらず、あり得ないと考えるべきでしょう。
アジャストを行った結果は?良い?悪い?
事例:RYT200を取得し、真剣にヨガインストラクターとして日々一生懸命働くAさん。上司から「生徒に適切なアジャストが出来ないと一人前とは言えない」と言われ、今回4日間のHands on Adjustment seminar (世界的著明指導者から学ぶ安全なアジャスト講習会)に大枚はたいて参加しました。
沢山の学びと共に新たな刺激を得て生徒の指導に向き合うAさん。これまでなんとなく何をしたらよいのかわからなかった生徒の問題点が今までよりもしっかりと見えるようになりました。
ふと、とある生徒(Bさん)に目が行きます。Aさんは常々Bさんのダウンドッグが気になっていました。もう少し背筋がまっすぐ伸びればな…。よし、この間のセミナーで習ったアジャストやってみよう!
この先の展開として、下記の2つが想定できます。
アジャストを行うことによるベストな結果
セミナーで習った通り、生徒の背中側から足の方に向かって仙骨部分をゆっくりと押していきました。Bさんはしっかりと伸びた背筋やハムストリングスに大満足。「自分の癖に気づくことができた」とレッスン後に嬉しいコメントを頂きました。
アジャストを行ったことによるワーストな結果
Bさんにアジャストをしたところ「痛い!」とBさんは大きな声を出しその場にうずくまり動けなくなってしまいました。何が起きたのか分からないAさんはただただ隣に座り「大丈夫ですか?」と声をかけるしかできませんでした。
生徒は本当に触れて欲しいと思っているの?
ケースは両極端のシナリオを書いています。現実的にはこの間に多くの場合が収まります。
そもそも生徒はインストラクターから触れて欲しいと思っているのでしょうか? 皆さんはちゃんと区別していますか? 触れて欲しいと思っている人と、触れてほしくないと思っている人を。
医療の世界では診察で患者の身体に触れる前に、下記の2点を多くの場合説明しています。
- 今から体に触れること
- 希望しなければ触れないこと、仮に触れない場合にはそのデメリット
触れてほしくない人に触れることはハラスメントになります。このあたりはヨガでも#MeToo問題として昨今非常に議論が展開されているところです。
私はウォームアップの時、生徒が目をつぶっている状態で「レッスン中に触れてほしくない人は手を挙げて下さい」と確認するようにしています。皆に見える状態で「どこか痛いところありますか?」と聞くよりもより正確に情報をゲットできる印象を持っています。
しかし、それでも100%の情報は得られません。
結論:触れるべきかどうか(医師兼E-RYTの意見)
人に触れるということは、ケガをさせる可能性を常に考える必要があります。
100%安全、ということは絶対にありません。まずはその事実を真摯に受け止める必要があります。リスクを負う覚悟がありますか?
勉強熱心な皆さんが”安全なアジャスト”という名の講座に数日間参加しただけでは残念ながら殆ど何も変わりません。理学療法士になるには最低3年間の学びが必要です。医師になるには最低6年間の学びが必要です。しかし、学校を卒業しただけでは実際は全く現場では使えません。
何年間も学んでも現場で全く使えないのに、数日間で何が出来るようになるのでしょうか?
それでも、アジャストの講座に参加する意義を医師として伝えるなら、ヨガインストラクターとして”自分の不勉強から生徒に危険なことをしていたかもしれない”という事実に気がついて欲しい、という点になります。
決して修了証書をもらって何かが出来るようになると考えるべきではありませんし、セミナーで習ったことを試したいと生徒さんを実験台にすることは絶対に無いようにしたいです。
アジャストはすべきではない?
基本的に生徒に触れる機会が増えるのであれば、その分ケガをさせる可能性も増えると考えるべきです。
ヨガインストラクターは
- 自らが生徒を傷つけることなく
- 生徒のミスアライメントに気づき
- ケガの無いよう修正していく
という、必要があります。
私は多くの場合触れません。触れることで生じうる不要なケガを避けるためです。
「生徒に触れてケガをさせたことがない」という人はただラッキーなだけか、生徒が気を使って言わないだけだと思っています。
「じゃあアジャストすべきではない?」という問題に対して、あなたはどのように考えますか?
怖いからしない。でも生徒が安全にクラスを受けられるように口頭での指示を練習する
これも一つの意見です。
アジャストしたい。自分がしてもらって気持ちがいいので、人に出来るようになりたい
これも一つの意見でしょう。
もし「触れる」という判断をする場合、自分が触れなければ起きなかったケガを相手に負わせてしまう可能性を常に考慮する必要があります。そもそも触れる必要があったのか。相手が望んでいたのか。「試してみたい」という自分のエゴで人がケガをすることがあったとしたら、それは本当に不幸なことです。
ヨガでのアジャストメントに関する危険性:まとめ
- 触れるという事は実はとても怖いこと
- そもそも相手は望んでいるのか?という視点が大切
- 人に触れるとき、完全にケガを防ぐことは出来ない
- 間違っても、数日間のセミナー(Hands on adjustmentなど)に参加した後に何かを出来るようになった、と勘違いしないように
- セミナーの目的は何を出来るようになるか、ではなく何をしてはいけないかを学ぶ場
- 「この間セミナーで習ったHands on adjustmentをやってみよう」という軽い気持ちは生徒を実験台にしていることになる!(そのアジャストは本当に必要ですか?あなたの自己満足ではないですか? 口の誘導ではできませんか?)
- ヨガはより万人に受け入れられ、Accessibleになっていきます。是非解剖、生理、含め疾病の知識、障がいへの理解を深めていきましょう
ヨガスタジオにいくと、あなたの右隣に車いすの人がいて、左隣の人は足が不自由で椅子に座ってレッスンをうける。こういう時代が近々必ず日本にも来ます。
参考資料
- 50歳のヨガの学生は大腿骨を折るためにコーチによって修正され、そしてフィットネスクラブは18万元を授与されました。(原文中国語のためGoogle翻訳を使用)
- Cramer H, Ward L, Saper R, Fishbein D, Dobos G, Lauche R. The Safety of Yoga: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Am J Epidemiol. 2015 Aug 15;182(4):281-93. doi: 10.1093/aje/kwv071. Epub 2015 Jun 26. Review. PubMed PMID: 26116216.
- Cramer H, Ostermann T, Dobos G. Injuries and other adverse events associated with yoga practice: A systematic review of epidemiological studies. J Sci Med Sport. 2018 Feb;21(2):147-154. doi: 10.1016/j.jsams.2017.08.026. Epub 2017 Sep 20. Review. PubMed PMID: 28958637.
- Swain TA, McGwin G. Yoga-Related Injuries in the United States From 2001 to 2014. Orthop J Sports Med. 2016 Nov 16;4(11):2325967116671703. eCollection 2016 Nov. PubMed PMID: 27896293; PubMed Central PMCID: PMC5117171.
- Loren Fishman, Ellen Saltonstall, and Susan Genis (2009) Understanding and Preventing Yoga Injuries. International Journal of Yoga Therapy: 2009, Vol. 19, No. 1, pp. 47-53
- The Need for Accessible Yoga in Yoga Teacher Trainings