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先日は、うつにヨガが効くという言葉を聞いた際に気を付けるべき点に関して書きました。
今回は実際にヨガがどのようにうつ(鬱)病に効くのか、そして医学的にはどのようなヨガが効くのかに関して紹介します。
「ヨガがうつに効く」という際の注意点
- ヨガの定義があいまいな点
- うつの定義があいまいな点
- 効くがあいまいな点
人に勧める際には、あなたの苦しんだ”うつ”とその人の”うつ”が同じではない場合があることに注意すること。
というわけで、あいまいのオンパレードだった点は覚えておられると思います。
これを踏まえて、うつの定義、およびヨガの定義(種類、時間)に注目して現状わかっている点に関して言及していきます。
一般的なうつ病の治療
現在一般的な主だった、うつ病の治療法は薬物療法か精神療法(セラピーや認知行動療法など)、またはその併用です。
しかし、患者がそうした治療を継続できないこと、寛解率の低さ(日常生活を十分に送れるほどには良くならない)、そしてプラセボに対する高い反応性[1]が指摘された結果、旧来の治療法にプラスαできるものとして、補完代替医療(以下「CAM」 と掲載:complementary and alternative medicine)に注目が集まるようになりました。ヨガはCAMの中のうちの1つです。
うつ病が生じる原因は、現在でも不解明
残念ながらうつ病がなぜ生じるのかは完全には解明されていません。しかし、現状はモノアミン仮説が最も有力視されています。しかし、モノアミン仮説のみで完全にうつ病の病態が説明出来ず他にもいくつもの原因が指摘されています。いずれにしても、完全な解明には依然として時間を要する状態です。
現状、最も有力視されているモノアミン仮説
モノアミン仮説とは、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン等のモノアミンの代謝に変化が起きることがうつ病の病態生理に対して主な役割を果たしている、という仮説です。[2]
このように現代医学ではうつ病は脳内の生化学的、神経性理学的機能の障害であると考えられています。
うつ病で脳内の特定の領域でGABA濃度が低下
他にも、うつ病で脳内の特定の領域でGABA濃度が低下することが指摘されています。「GABA」というと、チョコレートを思い出される方もいるかと思いますが、「γ-aminobutyric acid、γ‐アミノ酪酸(らくさん)」の略であり、抑制性(鎮静、抗痙攣、抗不安効果など)の神経伝達物質として有名で、うつ病を呈している方の血漿及び脳脊髄液内でGABAの濃度が低下する、という報告があります。
その他の原因の可能性
更に、慢性のストレスにさらされた結果としてうつ病が生じ得ることは想像がつくと思いますが、コルチゾールなどのストレスホルモンを制御している視床下部下垂体系の不具合も一部のうつ病患者では指摘されています。[3]
更に、グルタミン酸の代謝やBDNF(脳由来神経栄養因子)の代謝や慢性炎症、自己免疫疾患の関連など細かいことを言えば相当現状は混沌としています。
このようにうつ病と診断がついても、うつ病がどういったメカニズムで起こるのか完全には解明されていないことにより、何故うつ病になり、どこを治療すると良くなるのか、分からない部分が依然として多い状態です。
そのため、ヨガがどこにどのように効くのか、と考えると更にぼんやりしてくることがお判りいただけると思います。
ちょっとぐちゃぐちゃしたので、話をまとめます。
ヨガがうつに効くとはどういうこと?
医学的効果を検証する上での信頼性
医学のエビデンスを文献から検討するとき、ランダム化比較試験(Randomized controlled study, RCT)が重視されます。
ランダム化比較試験とは、ある介入行為をするグループ(介入群)と別の介入行為をするグループ(対照群)をランダムに振り分け効果に関して検討する研究手法です。
例えば簡単な例を挙げると、合計60人集めて、30人にAを内服させ、もう30人にはAのように見えるプラセボ(偽薬を)を一定期間内服させて効果を検証する。というものです。この際にAを内服する30人とプラセボを内服する30人をランダムに振り分けています。
ランダム化比較試験等の質の高い研究結果を一定の基準と方法によって分析しバイアス(偏り)を可能な限り除いたものをシステマティックレビューと言います。(ものすごい簡単に言えば、システマティックレビューの情報はより信頼できる、という事になります。)
では2017年にJournal of Affective Disordersという雑誌に掲載されたシステマティックレビューを参考に現状のヨガがうつ病に対してどのような効果があるか学んでみましょう。[4]
うつ病とヨガの実験の前提条件
ここでまず残念なお知らせです。うつとヨガを語る際には、下記のように「あいまいのオンパレード」であることを前述しました。
- うつの種類があいまい。
- ヨガの種類、期間があいまい。
- 効くがあいまい
今回システマティックレビュ―内で紹介されていた研究でも「ヨガの流派、時間、頻度、期間に関して決まりが設けられていない」といった曖昧さがありました。
簡単に言えば、うつ病と言われた人に、
- 様々なタイプのヨガと言われるものを一定期間(研究により様々)やった人
- 何もしない場合の人
- 薬物療法を行った人
- ヨガ以外の非薬物療法を行った人
等と比較した研究を集めて、その結果を検討しているというものです。
実際、研究によってアサナ(ポーズ)、プラナヤーマ(呼吸法)、ディアーナ(瞑想)や他リラクセーション法のミックスで実に多種多様なものが集められました。いくつか挙げると下記のようなものです。
また、ヨガインストラクターによって指導される場合もあれば、理学療法士の指導の場合や、「DVDを見て自分でやってね!」というものまで、実に様々なタイプのヨガが用いられていました。
ヨガの研究が困難になっている背景
これはヨガの研究が決していい加減なものということではなく、ヨガ自体が実に多様な流派があり、アサナ(ポーズ)、プラナヤーマ(呼吸法)、ディアーナ(瞑想)をどの程度の割合で混ぜたものを、どれくらいの頻度でどれくらいの期間行うのか、という点が明確に定義づけされていないため、世界中で標準化した臨床試験を組むことが実質困難になっているという現実を反映させているということです。
簡単にイメージすれば、もしヨガが
- 初めにプラナヤーマを5分
- 次にアサナを10分(決まったシークエンスで例外無し)
- 最後にディアーナを5分(この瞑想も決まった種類で例外なし)
上記を完全に行う。
このように定義されて世界中で行われており、「これ以外をヨガと言わない」という非現実的な設定をすれば、もう少しはっきりとしたことが言えるのかもしれませんね。
でもこんな制限をかけて誰が一体ヨガをやるのでしょうか??
「効果があった」の定義とは?
ヨガの定義が非常に曖昧であることを説明しましたが、「効果があった」の定義に関しては、下記を評価しています。
- 寛解率(何かの治療した結果として、日常生活を遜色なくおくることが出来るくらい元気なった割合)
- うつ病の重症度(自己評価もしくは医師の診察による評価)の変化
ヨガの定義が曖昧な中で医学的に言えること
さて、こうしたヨガの定義が曖昧で混沌とした状況から、「医学的に現状どのヨガがいいの?」という点を考える際には、下記のどちらかのスタンスを、皆さんがそれぞれ判断していくことになります。
- 症例数の少ない個別の研究の結果を重要視する
- ヨガに関してごちゃ混ぜのシステマティックレビューの結果を踏まえ、色んな種類のヨガがあるけど、ヨガってどれでも他と比べて○○な効果があるんだよ、とざっくり理解するか
今回の記事では、
- ヨガ vs 薬物療法
- ヨガ vs 他の運動療法
に関して現時点で導ける結果を下記に記載します。
うつ病に関する「ヨガ vs 薬物療法」の結果
ヨガと薬物療法の優劣に関しては、下記のような研究に関して検討されています。
合計45人のうつ病の被験者を集めて、ランダムに下記3チームに分け、抗うつ効果を比較した文献[6]が紹介されています。
- 電気痙攣療法(*うつ病の治療法のうちの1つ): 15人
- 抗うつ薬内服:15人
- Sudarshan Kriya Yoga:15人
結果は「2の抗うつ薬と3のSudarshan Kriya Yogaの抗うつ効果の間に差がなかった」というものですが、さすがにたったの15人同士の比較で、その結果を一般化して断定的な物を言うのは時期尚早!と医学の知識がそこまで無くてもお判りいただけると思います。
ヨガのうつ病に対する検討はこのようにまだまだ発展途上です。
更に、抗うつ薬の内服をしている人にヨガを行った場合に、内服単独と比較して効果があるかどうかという点に関しては、現状効果があるとする研究と、変わらないという研究が混ざっており、はっきりしたことが言えない状態です。
うつ病に関する「ヨガ vs 他の運動療法」の結果
ヨガと他運動療法に関しては下記のような文献が紹介されています。[7]
うつ病の女性患者40人を集め、20人にヨガを、20人にウォーキングを12週間行い、12週間後及びその一か月後に抑鬱の改善程度に関して比較しました。
文献上はヨガとウォーキングとの間で鬱病の改善効果に関して有意な差がないという事になっています。
ちなみにここで行われたヨガは、”yoga for depression”の著者であるA.Weintraubさんが出している”LifeForce yoga to beat the blues: Level 1”というDVD(60分~75分)を自分で見て最低でも週2回。やりたければそれ以上でもOK。慣れてくればDVDを見ずに自分のペースでOK。そしてわからないところは電話で質問できます、というものでした。
(*yoga for depressionは良い本なのですが、残念ながら日本語がありません。A.Weintraub本人に「日本人用に翻訳しないの?」と聞いてみたら、「出版社が決めることだから私にはどうしようもない!」とのことでした笑)
こうして検討していくと、ヨガがうつ病に対して出来ることというのはまだまだ限られていると思います。
それはヨガの効果がないということではなく、多くのうつ病の人に対して「ヨガが治療として、他の治療法が必要ないくらいとてもメリットがありますよ!」とまでは言えないということです。
簡単に言えば「ヨガやっとけば後は大丈夫」とまでは絶対言えない!ということです。より具体的なことを言うにはもっと時間を要する、という状態です。
ヨガとうつに関するまとめ
- うつ病は現在まだ病態が完全に解明されていない
- ヨガの臨床研究はヨガの流派、介入時間、介入期間、指導方法などが研究により様々であり、ヨガと一言でまとめる際に注意が必要
- 現状は多くのうつ病患者人にとって、ヨガをメインの治療法とすることは困難
- 今後よりはっきりとしたことが言えるようになると思うが、今はこの程度
「ヨガがうつに効くとはどういうことか」について読んでいただいた皆さんは、もはや安易に他人に勧めることが出来なくなったのではないでしょうか?
うつに対して、ヨガをしても意味がないの?
では「ヨガをしても意味がないのか?」というとそんなことはありません。
人が病気かどうかに関わらずヨガを行うことは心身に対してメリットがあります。ですので、治療法として追加していくという発想ではなく、心身共に更に健康を目指していくという視点では非常に有用なツールになることは間違いありません。
それを”病気の治療法”と考え一歩踏み込んだ瞬間に急に断定的なことが言えなくなってしまうだけです。CureやTreatmentという事ではなく、Wellnessの視点です。
本記事を読まれた皆さんはすでにヨガのうつ病に対する効果について、どこまで踏み込んで話をして良いのか、について理解しています。ですから、今後一般的なヨガのメンタル面の健康効果に関する書物を読んでも、自分の解釈でヨガの効果を喧伝しすぎることはないでしょう。
参考資料
- Rief, W., Nestoriuc, Y., Weiss, S., Welzel, E., Barsky, A.J., Hofmann, S.G., 2009. Meta-analysis of the placebo response in antidepressant trials. J. Affect. Disord. 118, 1–8.
- Syvalahti EK. Biological aspects of depression. Acta Psychiatr ¨ Scand Suppl. 1994;377:11–15.
- Belmaker RH, Agam G. Major depressive disorder. N Engl J Med. 2008 Jan 3;358(1):55-68. doi: 10.1056/NEJMra073096. Review. PubMed PMID: 18172175.
- Cramer H, Anheyer D, Lauche R, Dobos G. A systematic review of yoga for major depressive disorder. J Affect Disord. 2017 Apr 15;213:70-77. doi: 10.1016/j.jad.2017.02.006. Epub 2017 Feb 7. Review. PubMed PMID: 28192737.
- Zope SA, Zope RA. Sudarshan kriya yoga: Breathing for health. Int J Yoga. 2013;6(1):4-10.
- Janakiramaiah N, Gangadhar BN, Naga Venkatesha Murthy PJ, Harish MG, Subbakrishna DK, Vedamurthachar A. Antidepressant efficacy of Sudarshan Kriya Yoga (SKY) in melancholia: a randomized comparison with electroconvulsive therapy (ECT) and imipramine. J Affect Disord. 2000 Jan-Mar;57(1-3):255-9. PubMed PMID: 10708840.
- Schuver KJ, Lewis BA. Mindfulness-based yoga intervention for women with depression. Complement Ther Med. 2016 Jun;26:85-91. doi:10.1016/j.ctim.2016.03.003. Epub 2016 Mar 14. PubMed PMID: 27261987.