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今、ヨガ業界で何が起きている?
アメリカのNews Medicalは、ヨガによる怪我で病院の救急処置室を利用した患者の数は、5年前と比較して70%以上増加したと発表しました。不調を感じながらも、病院での診察を受けていない人を含めると、ヨガによる負傷率はさらに高いと言えるでしょう。
このように、身体機能の向上や精神面の安定などポジティブな効果が注目されているヨガですが、負傷者の増加が業界内外で問題視されています。
アメリカ版ヨガジャーナルは、ヨガによる怪我を防ぐ方法として、ヨガをする人々に向けて、
- スタジオに行く前に所属インストラクターの質について下調べをすること
- 自分の身体レベルに合ったヨガを実践する
などの提案をしました。1)
ヨガインストラクターの質においては、十分なトレーニングが行われているのかが疑問視され、全米ヨガアライアンスのヨガ指導者養成講座(RYT200養成講座)を始めとした、多くのヨガ指導者養成講座が200時間であることから、果たして200時間は十分なのか…という記事もリリースされています。2)
その後、2018年に全米ヨガアライアンス内で「Standards Review Project(基準見直しプロジェクト)」が立ち上がりました。そこでは、指導者養成講座のトレーニング時間数、指導者養成講座を担当する講師(リードトレーナー)の資格、カリキュラムの中身について18ヶ月以上に渡って論議が交わされたとのこと。
こうした背景を受け、2019年6月25日に全米ヨガアライアンスが発行しているヨガインストラクターの資格、RYT200の指導者養成講座の新基準が発表されました。
質の高いヨガインストラクターの養成のために、どのような基準改正がなされたのか。その内容と真意に迫ります。
全米ヨガアライアンスとは
規模と歴史
全米ヨガアライアンス(Yoga Alliance)は、20年以上の歴史を持つ、世界最大の非営利のヨガコミュニティです。ヨガを指導する立場にある人や団体の育成とサポートを目的とし、活動しています。
現在、世界70ヶ国以上に及ぶ、約10万人のヨガインストラクターと6,000以上のヨガスクールが全米ヨガアライアンスに登録しています。全米ヨガアライアンスに登録しているヨガ講師をRYT(Registered Yoga Teacher)と呼び、ヨガスクールをRYS(Registered Yoga School)と呼びます。
RYSは全米ヨガアライアンスが定めるコアカリキュラムを元にヨガ指導者養成講座プログラムを企画運営し、修了生にヨガアライアンスへの登録資格(修了書)を発行します。修了生は、自身でヨガアライアンスの公式ウェブサイトよりRYTへの申請をし、申請が通るとRYTとして全米ヨガアライアンスのデータベースに登録されます。
日本で活躍しているヨガインストラクターの多くが全米ヨガアライアンス認定の指導者養成講座を修了していることから、ヨガインストラクターを目指す人の多くが、RYT200やRYT500の資格が取得できる養成講座を選ぶ傾向にあります。
RYTに続く数字はトレーニングの合計時間を指し、RYT200は200時間のトレーニングを修了、RYT500は500時間のトレーニングを修了したことを意味します。
資格の種類
全米ヨガアライアンスは、ヨガインストラクターに関連する資格を複数発行しています。全ての資格の基本となるRYT200の他に、さらに300時間学び取得するRYT500があります。
さらに、RYT200ならびにRYT500を取得後にヨガインストラクターとしての指導歴および指導時間数を一定数満たすと、経験を積んだヨガインストラクター、E-RYT(Experienced Registered Yoga Teacher)として資格を更新することができます。
また、全米ヨガアライアンスはマタニティヨガやキッズヨガの専門資格も発行しています。産前産後ヨガの資格はRPYT85(Registered Prenatal Yoga Teacher)、キッズヨガの資格はRCYT(Registered Children’s Yoga)と呼ばれており、それぞれ85時間の専門のトレーニングが必須となっています。
なぜ基準改正が行われるのか
改正までの経緯
全米ヨガアライアンスは、20年間で巨大なヨガコミュニティとして成長しました。ヨガインストラクターの資格発行を世界的に行っているため、全米ヨガアライアンスがヨガ指導者だけではなく、ヨガを学ぶ人々へ与えている影響も大きくなっていることは容易に想像できるでしょう。
そのため、全米ヨガアライアンスは世界最大のヨガコミュニティとしての責任を果すために、アライアンス関係者以外も巻き込んで様々な施策に現在進行系で取り組んでいます。
施策の1つとして、全米ヨガアライアンスは2018年に「Standards Review Project(基準見直しプロジェクト)」を立ち上げ、ヨガ指導の安全性と質を向上させるためには、どのようにRYT(認定ヨガ講師)やRYS(認定ヨガスクール)を支援できるか18ヶ月以上議論してきました。
このプロジェクトは全米ヨガアライアンスのメンバーと外部メンバーから構成され、ヨガ業界だけではなく他業界からも有識者を集め、タウンホールミーティング(オンライン、オフラインでの大型集会)やグループディスカッション、ヒアリング調査、アンケートなど様々の方法で情報交換や意見交換を実施。
そして、全米ヨガアライアンスは2019年6月25日にRYS(認定ヨガスクール)が実施する指導者養成講座のリードトレーナーやカリキュラムの基準を引き上げることを発表しました。
この新基準は既に登録済のスクールとリードトレーナーは2022年から適用され、今後新たに登録するスクールとリードトレーナーは2020年から適用されます。
リードトレーナーに関する見直し
今回の改正で注目されているのが、リードトレーナーの条件引き上げとカリキュラムの構成です。
今までRYT200の指導者用講座を担当するリードトレーナーはE-RYT200以上とされていました。しかし、改正後はE-RYT500以上でなければリードトレーナーを務めることはできなくなります。
さらに、リードトレーナーから学ぶ時間は200時間中65時間だったのが、2022年以降は150時間へと大幅に増えます。このことから、リードトレーナーの質が新たに誕生するヨガインストラクターの質に今まで以上に影響すると考えられます。
E-RYT200とE-RYT500の違い
E-RYT200は200時間の指導者養成講座を修了し、2年以上かつ1,000時間以上の指導経験が必要なのに対し、E-RYT500は500時間の指導者養成講座を修了し、4年以上かつ2,000時間以上の指導経験が必要です。
そのため、現在E-RYT200保有かつ4年以上2,000時間の指導経験のあるリードトレーナーは、ヨガアライアンスが認定している講座やワークショップを追加で300時間受けて、RYT500を取得しなければなりません。
また、E-RYT200は保有しているが、指導経験が4年未満、2,000時間未満のトレーナーは300時間追加の学びと不足分の指導時間を稼ぐ必要があります。
しかし、世界中のリードトレーナーたちから「指導を続けながらRYT500を取得するのは難しい」という意見が挙がっており、全米ヨガアライアンスはリードトレーナーの条件について再検討している状況です。(2019年8月30日現在)
カリキュラムに関する見直し
これまでの指導者養成講座では、RYS(認定スクール)やリードトレーナーが比較的自由にカリキュラムをつくることができました。
しかし、今回からは4つの教育カテゴリーに対して明確な学習時間が定められました。さらに、内容に関しても細かいガイドラインが提示され、それに沿ったカリキュラムをつくらなければなりません。
また、リードトレーナーによる指導時間が200時間中150時間に改正されたことから、リードトレーナーは4つのカテゴリーに精通していなければなりません。
さらに、RYS(認定スクール)とリードトレーナーは受講生をRYT200として認定する前に、各受講生の知識、スキル、経験を評価することも新たに義務付けられました。
以上から、今回の改正ではリードトレーナーの資格引き上げとカリキュラムの変更がセットになっており、安全で質の高い指導ができるインストラクターの育成に全米ヨガアライアンスが本腰を入れ始めたことが分かります。
今回の改正で全米ヨガアライアンスには、スクールやリードトレーナーからたくさんの質問や意見が寄せられました。これらに関してはアライアンス内で協議し、2019年11月までに協議結果や新たな変更点について発表するとのこと。新たな情報が入り次第、こちらでもご紹介いたします。
インストラクターやインストラクター志望者はどうすればいいのか
RYT200を取得済みの人
全米ヨガアライアンスの新カリキュラムにより、2022年以降は一定水準以上の優秀なインストラクターが続々と誕生することが予想されます。
例えば、新カリキュラムは解剖学に関する学習時間を10時間引き上げた、合計30時間が最低学習時間として設定されています。
もしあなたがRYT200を取得後、解剖学について別途学習していなければ、新カリキュラムを修了した方の方が身体の動かし方や安全性に関する基礎知識が優っている可能性もあります。極端な例ではありますが、現実に起こりうることだと思いませんか?
そのため、既にRYT200を取得済みの方は自分に必要な知識やスキルを積極的に身につけていくことが今後インストラクターとして活動していく上で重要であると言えます。
また、今後ヨガインストラクターの育成に興味がある方はRYT500の取得につながるように継続学習の講座を選ぶと良いでしょう。
※RYT200を取得済みの方は、RYS300(300時間の追加学習でRYT500認定をすることができるスクール)で学ぶことで、RYT500を取得することができます。スクールによっては他社でRYT200を取得した生徒を受け入れないところもあるため、事前に問い合わせることをおすすめします。
これからRYT200を取得する人
RYT200の新基準は2022年から実施されることになっていますが、各スクールは2022年に向けて、既に現行の講師やカリキュラムの見直しを始めています。
そのため、現行のカリキュラムから2022年以降はどのような変更がありそうなのかをスクールの担当者に確認すると良いでしょう。
また、全米ヨガアライアンスの基準改正の発表の前から、質の高い講師やカリキュラムで指導者養成講座を実施しているところもあるので、質を見極めることができれば、改正前でも安心して受講できます。
さらに、新基準前に資格取得を考えている方は、新基準になってからもリテイク(再受講)制度やアシスタント制度を活用できる指導者養成講座を選べば、新基準前で学べなかったことを後日学ぶことも可能。必ず修了後のフォローアップ制度を確認しておきましょう。
既にRYT200を取得済みの人と同様、今後RYT200の指導者養成講座トレーナーになることを検討されている方は、RYT500も取得できるかどうかもスクール選びの際に注目したいポイントです。
今回実施された全米ヨガアライアンスの基準見直しプロジェクトでは、指導者養成講座の最低トレーニング時間は200時間という結論に至りましたが、200時間のトレーニングだけでヨガ指導の全てをカバーできるとは断言されていません。
また、以前からRYT200の資格を維持するためには条件があり、3年間で30時間以上の継続学習と45時間以上の指導経験が必須とされています。
ぜひこの機会にヨガインストラクターとしてのキャリアプランだけではなく、学習プランについても今一度考えてみてはいかがでしょうか?
参考資料
- Yoga Journal Online – “Study Finds Yoga Injuries Are on the Rise (Plus, 4 Ways to Avoid Them)”
- Yoga Journal Online – ”Is 200 Hours Enough to Teach Yoga?”
- 全米ヨガアライアンス