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ほとんどのヨガスタジオで行われている多くのヨガは、アーサナ(ポーズ)の練習を中心としています。今ではヨガの中心となったアーサナですが、古典ヨガではあまり重要視されていませんでした。しかし、短いスートラのなかでは、凝縮した知識が書かれています。
今回は、ヨガの古典教典ヨガスートラでは、アーサナをどう定義していたのか?神秘的な古代のアーサナについて紐解いてみます。
身体のサットバ性を上げるために……
ヨガスートラには具体的なアーサナの名前はいっさい出てきません。たった3行のスートラで説明されています。そのなかの最初の言葉がこちらです。
アーサナは、安定した、快適なものでなければならない。(ヨガスートラ2章46節)
アーサナの安定とは、「足が痛くて長時間座れない」「腰が痛くて安定しない」といった状態を改善し、肉体的な安定の重要性を説くものでもありますが、それだけではありません。身体の調子すべてを整えて実現するとしています。
アーサナは、身体に完全なサットバ(純質)をもたらすものです。
身体の状態も3つのグナ(性質)によって支配されています。たとえばタマス(鈍質)の状態の身体はだるく、重たいと感じます。活発になり過ぎているラジャス(激質)の状態もよくありません。呼吸や心臓の動きが不安定であったり、早すぎたりすると、集中して座ることができません。
身体のどこにも不快感がなく、安定した状態がサットバ性です。
生活を見直して、身体の調子を整えたうえで、初めて安定したアーサナが実現します。
ヨガは精神的な安定を目指すものですが、それには身体の安定も必要です。
心と身体は別々に存在しているわけではなくて、常に連動しています。身体を激しく動かすと、心も動きます。ヨガでは心を不動にしなくてはいけません。
アーサナはムーラダーラ・チャクラに意識を向ける
ヨガスートラでは、体内に存在するチャクラについて説明されていません。そのため、古典ヨガ時代にどれだけチャクラの観念が認識されていたのかは分かりませんが、やはり何らかの関係はあったと考えられます。
アーサナを達成するためのコツ
アーサナは、
- いかなる努力も必要のない状態であること
- 精神を集中させること
によって完成します。
努力から解放され、無限(アナンタ:蛇の王)に瞑想することによりアーサナは達成される。(ヨガスートラ2章47節)
このスートラ(節)のなかにあるアナンタという言葉には2つの意味があります。
- 無限・永遠
- 蛇の王の名前
アナンタという言葉は、無限や永遠といった意味もあるため、日本で最も有名な佐保田鶴治訳の『ヨーガ根本経典』のなかでは下記のように訳されています。
そのような坐り方は、緊張をゆるめ、心を無辺なものへ合一させることによって得られる。(ヨーガ根本経典110頁、二・四七)
しかし、アナンタは蛇の王の名前でもあります。インドのヨガ聖者の多くは、蛇の王であるアナンタの意味で訳して解釈しています。
アナンタはムーラダーラ・チャクラの象徴
ヨガスートラよりもずっと後に発生したハタヨガでは、チャクラ(生命エネルギーの集まる門)や、クンダリニー(人体の根源エネルギー)といった体内エネルギーの概念があります。
ハタヨガによって説明される身体の仕組みを理解すると、スートラを、とても実践的なアドバイスとして読み解けます。
クンダリニーは、人の身体の根底部分に存在する眠った潜在的なエネルギーです。トグロを巻いて眠っているためコブラとして表現されます。
そのクンダリニーの宿る場所が胴体の底辺に位置するエネルギースポットであるムーラダーラ・チャクラです。
体内のアナンタ、つまりクンダリニーが位置する場所に意識を向けて座ると、驚くほど体が安定するのを実感できます。これは、瞑想の時の蓮華座(パドマ・アーサナ)だけでなく、スタンディングポーズやバランスポーズなどでも実感することができるので、実際に試してみて下さい。
ヨガスートラのアーサナは瞑想のためのアーサナなので蓮華座を中心とした座ったポーズですが、ムーラダーラ・チャクラの位置、身体の底辺を意識することによって、安定を手に入れることができます。
アナンタはビシュヌ神の寝床でもある
ビシュヌ神は、インドの三大神の一人です。バガヴァット・ギーターのクリシュナは、ビシュヌ神が地上に生まれた時の人格神です。
インド神話によると、ビシュヌ神はミルクの海のなかで蛇の王アナンタに乗って寝ていました。アナンタは、コブラの頭によって宇宙を支えながらも、ビシュヌにとって快適な寝床でなくてはいけません。そのためには、緊張することなく、くつろいだ状態である必要があります。
寝床となったアナンタは、不動とリラックスの象徴とも言い換えることができます。
安定したアーサナはプラーナの動きを制する
肉体と心はつながっています。身体が動くとプラーナ(生命エネルギー)が動いてしまいます。プラーナが動くと心が動いてしまいます。そのため、アーサナでは身体を全く動かさずに座らなければいけません。
アーサナと、身体・呼吸・心のつながり
↓
心臓など、体内の働きが最低限の穏やかなものになってきます。
↓
呼吸も徐々に穏やかに細く長くなる。
↓
体内のプラーナが不動となり、それによって心が不動となる。
身体・呼吸・心の3つは常に繋がっているため、身体が不動であることは、瞑想を成功させるための大前提です。
アーサナの練習は、身体のためだけの練習でないことは常に自覚しましょう。
アーサナの効果は感覚の制御
アーサナの実践を長く練習することによって、感覚の制御が起こります。
その時、2元性の状況に悩まされなくなる。(ヨガスートラ2章50節)
二元性の状況とは、対比するあらゆる性質のことです。
たとえば……
熱い⇔冷たい/苦⇔楽/甘い⇔辛い/空腹⇔満腹/喜び⇔苦しみ……など。
これら相反する二元性の感覚は瞑想の障害となります。アーサナの実践を行うと、肉体に対する我想(エゴイズム)が消えていきます。その結果、肉体的に感じる感覚からの解脱が起こります。
2元性の感覚は、感覚器官から感じるものであり、プルシャにとってはもっとも外側の世界からの刺激です。徐々に内側の深いところに意識を向けるヨガでは、感覚器官から得られる感覚は手放さなくてはいけません。
日常のアーサナの練習での心がけ
瞑想を日常的に行っていない人にとって、瞑想のためのアーサナと言われてもピンとこないかもしれません。現在のヨガクラスの大多数は、ヨガスートラよりもずっと後に成立したハタヨガの教えを土台としているため、ヨガスートラのアーサナの説明では物足りなく感じてしまいます。
しかしハタヨガもすべて、ヨガスートラの古典ヨガを元に作られています。すべてのアーサナに共通する大切な教えはみな、今回ご紹介したスートラのなかに含まれています。
理想のアーサナ、3つのチェックリスト
- 安定していて不動であるか
- いかなる努力もせずにできるか
- ムーラバンダを意識できているか
これらは、どのアーサナにも共通して言えることです。バランス系のポーズでも、スタンディングのポーズでも、リラックス系のポーズでも意識してみましょう。
- 安定していて不動であるか
- いかなる努力もせずにできるか
- ムーラバンダを意識できているか
現状は難しいと思っているポーズでも、安定してキープできることを目指して練習しましょう。アーサナの練習では、同時に心をトレーニングしています。
ポーズが安定して取れるように筋肉などの状態を整えることも大切ですが、心と身体が不動の状態になって初めて、ヨガのアーサナとしての効果を得ることができます。
どれだけリラックスしたポーズであっても、長時間キープするのは、とても難しいものです。例えば、直立しているだけのタダアーサナであっても、ヨガを学んでいない人は30秒、継続するだけでフラフラしてきてしまいますし、立ち続けることがつらいと感じてしまいます。
普段は自覚していないだけで、日常の姿勢のほとんどが身体のどこかに負荷をかけて、緊張した状態でキープしています。心も筋肉も緊張した状態では、リラックス系のアーサナであっても、長時間維持することはとても難しいでしょう。
自身のリラックス状態を知るためには、呼吸の状態を観察することも効果的です。リラックスできている時には、呼吸も長くなっています。呼吸・身体・心には常に意識を向けましょう。
スタンディングのアーサナの時には、土台は足だと思いがちですが、意識をムーラバンダ(尾てい骨の辺り)に向けてみましょう。驚くくらいアーサナが安定することを感じることができます。
呼吸を深くしながら、尾てい骨の辺りを観察してアーサナの練習をしていると、徐々にムーラバンダの場所を感じられるようになってきます。
アーサナを深めるための古典の知恵
アーサナの練習をしているとき、外面のポーズの完成度にばかり意識を向けているのは、本当にもったいないことです。アーサナは外面的な練習に見えますが、実際は、外面的な感覚を手放すための練習です。
ヨガスートラに書かれたアーサナの定義を考えると、深い効果を得るための意識づけができるようになります。日常で行っている練習への意識が変わると、自身の身体も心も大きく変化してきます。