最近筆者の友人が立て続けに二人、出産されました。暗いニュースが続いていましたが、久々の明るいニュースです。失われる命の数が連日報道される中で、赤ちゃんの愛くるしい姿に新たに生まれる命の尊さや、力強さを感じました。
その彼女たちに、産前のマタニティヨガに関心があるか訊ねてみたところ、関心はあるが、新型コロナウイルスの影響で妊婦向けの各種研修が、中止となっており行うことができないとのことでした。
筆者は産前にマタニティヨガを行ったことで、産前産後の期間中比較的楽に過ごせたので、新型コロナウイルス流行の影響でマタニティヨガや母親学級等の集合研修ができなくなっている現状が心配になりました。
カナダでの調査によると、900人の産前産後の方に調査したところ新型コロナウイルス流行によって産後にうつや不安の症状を示す率が上がっていることが報告されています。
新型コロナウイルス流行以前には、軽度から重度の不安症状を経験した女性は29%、うつ症状を経験した女性は15%でした。ところがパンデミックの期間中、この数値はほぼ3倍になり、72%が不安を経験したと回答し、うつ症状に陥ったと答えた女性は41%にのぼったのです。
産後の不安やうつは、よくある症状
産後の気持ちの落ち込みは、マタニティブルーとしてよく知られていると思います。マタニティブルーとは分娩直後から産後7〜10日以内にみられ、その多くは一過性の急激な感情の動きや体調変化です。
産後まもなく、体内のホルモンバランスが大きく崩れるために引き起こされる一時的な生理的反応であり、病的なものではないと考えられています。一般に産後女性の15〜35%が経験し、症状としては軽い焦燥感、不眠、涙もろい…などであり、通常は自然に治癒します。
産後うつとは区別して考えられていますが、マタニティブルーになった方は産後うつになりやすいといわれていますので、要注意です。
産後のうつ病罹患率は、10〜20%と言われています。症状は、長引く気持ちの抑うつ状態。楽しい気持ちと物事に対する興味がなくなっていくのが特徴です。
「母乳の出が悪い」ことを過度に心配したり、「自分は母親としての資格がない」などと自己評価が下がってしまったりする方もいらっしゃいます。
早期の発見と治療が必要ですが、疲れやすい、眠れないなどの症状は産後、比較的多くのかたが、多少感じているため、それほど大変に思われず見逃されてしまうことも多いのです。
産後のお母さんのメンタルヘルスは将来的に子どもの身体や脳の発達、アタッチメントに深く関連しています。そのため、治療的関与が必要なのです。
産後の不安や、うつを軽減するには…
出産は深い喜びをもたらすと同時に、身体的にも精神的にも、かつてない負担がかかることからも、女性にとっては大きなライフイベントになると言えるでしょう。
では妊娠中、どのように過ごせば、不安やうつ症状を減らすことができるでしょうか?
先程あげたカナダでの調査では中等度の強度の身体活動を、週に150分行っている女性は運動が150分より少ない群よりも不安とうつ病の両方のスコアが有意に低かったのです。
150分は、週に2回マタニティヨガのクラスに参加すればクリアできる程度の運動量です。
妊娠は病気ではありません。喜ばしい事柄であるがゆえに、妊娠中に感じる不調は、妊娠すれば誰もが通るものと受け身になりがちです。けれど、不安やうつ症状を減らすには、妊婦さんが主体的かつ前向きに妊娠を捉え、何らかの予防策を取り入れていく必要性があることが指摘されています。
マタニティヨガの効能
- マイナートラブルの予防・軽減
- 安産効果(分娩時の呼吸法・開脚・努責に役立つ)
- リラックス効果(自律神経の安定から心の安定・身体のリラクゼーションに役立つ)
- 産後の乳汁分泌の促進、体型の改善に役立つ
以上のことからわかるとおり、適度な運動であるマタニティヨガを行い、周産期を主体的に過ごすことは、産前産後の妊産婦のメンタルヘルスを改善する可能性が示唆されているのです。
実際マタニティヨガの研究でも腰痛改善の他、精神的な症状(ストレス、抑うつ、不安など)や身体症状(分娩時の疼痛)などの改善が示唆されています。
ただし、妊産婦さんが我流でヨガを行うことは大変危険です。日本マタニティヨガ協会では妊娠15週以降で妊娠経過に切迫早産などの問題がない場合に限って、安全にヨガができるとし、かつ資格をもったヨガインストラクターのもとで実践することを推奨しています。
どの程度の妊婦さんがマタニティヨガを希望し、かつ実践しているか
北海道の川西康之先生らの調査では71%の妊婦さんがマタニティヨガに関心はあるが、実際に実践した妊婦さんは20.2%だけという結果がでています。
半数以上の女性が、関心をもちながら実践に至らなかった理由が何なのか、筆者としては興味があります。また今後、妊婦さんへのマタニティヨガの浸透を願ってやみません。
新型コロナウイルスが流行している間、関心がありながら実践できない層が、さらに増えていくことも予想されます。集団レッスンが難しい時期には、オンライン上で医学的知識がある助産師さんによる安全なヨガが受けられるような仕組みが確立され、浸透していくことを期待しています。
参考資料
- Margie H.Davenport Moms Are Not OK: COVID-19 and Maternal Mental Health, Frontiers in Global Women’s Health.
- 川西康之『妊娠中のヨガ(マタニティヨガ)の有効性に関する文献的考察』(日本公衛誌、2015年)62、221-231頁
- 宗田聡『周産期 これからはじめるメンタルヘルス−産後うつかな?と思ったら』(南山堂、2017年)