神秘の島に見る ~人間と地球と文明と~

『神秘の島』に見る ~人間と地球と文明と~

こんにちは。丘紫真璃です。今回は、SFの父とも呼ばれるジュール・ベルヌの名作『神秘の島』を取り上げたいと思います。

ジュール・ベルヌといえば、『十五少年漂流記』や、『海底二万海里』が有名かもしれません。SFの父という呼び名からもわかるように、数多くの冒険科学小説を書き残しました。

気球に乗った空の冒険から、海の底の冒険から、地底旅行から、無人島の漂流暮らしから、月世界まで。ベルヌは小説の中であらゆる冒険を繰り広げていますが、その中でも今回は、5人の男たちが無人島暮らしをする『神秘の島』とヨガの関係を見ていきたいと思います。

それでは、めくるめく冒険の世界に、さあ!飛び込んでいきましょう!

神秘の島とは

作者のジュール・ベルヌは、1828年、フランスの港町ナントで生まれました。港には、世界じゅうの海を航海してきた船が出入りし、いろいろな珍しいものを積んだりしていたことでしょうから、ベルヌ少年の冒険心をきっとかきたてたにちがいありません。

11歳の夏には、いとこの女の子にサンゴの首かざりを買ってこようと、こっそり、インド行きの帆船に乗り込んだといいます。すぐに、お父さんに見つかって叱られたそうですが、その時、ベルヌは、「これからは夢の中でしか旅をしません」と誓ったということです。

その言葉通り、ベルヌは空想の中でめくるめく冒険を繰り広げ、それを本に書き残しました。『神秘の島』は、そんなベルヌが49歳の時に発表した作品です。

この『神秘の島』には、『グラント船長の子どもたち』と、『海底二万海里』の登場人物が再登場しており、非常に重要な役割を果たしています。『グラント船長の子どもたち』と、『海底二万海里』を読んでから、『神秘の島』をお読みなると、よりワクワク感を楽しめると思います。

リンカーン島の開拓者たち

1865年3月18日から26日。猛烈なハリケーンが世界じゅうを襲います。その嵐の中で、5人の男達の乗った気球が、猛スピードで飛ばされていきます。
時代は、南北戦争の真っ最中。

この男達はアメリカ人で、北軍側についていたのですが、
南軍の捕虜になってしまったので、そこから抜け出すために気球を使って、空中脱出を試みたというわけでした。
ところが、ものすごいハリケーンのせいで、南太平洋まで飛ばされてしまいます。

おまけに海上を飛んでいる真っ最中に気球からガスが漏れだして、みるみる間に、気球は落下してしまいます。気球が海に落ちないように、男達は持っていた食料や武器など全部、海の中に投げ捨てます。そうして、何とか、太平洋の島に、たどり着くことができました。

ところが、そこは人間の住んでいない無人島でした。おまけに、近くに大陸はなく、船の航路からも外れているという、完全に文明社会から切り離された孤島でした。全ての荷物を、海の中に投げ捨ててしまった彼らは、着の身着のままで、そんな無人島の孤島での暮らしを余儀なくされます。

それでも、5人の男達は、みんな勇敢な人物達でした。彼らは明るくこう言います。

われわれは、自分たちを難船者だと今後考えず、新天地開拓者としてここに来たのだと考えましょう。

ー 『神秘の島』第1部11章[1]

そして、彼らは自分達の島を、リンカーン島と名付けます。

無人島の写真
彼らは自分達の島を、リンカーン島と名付ける

5人のリーダーであるサイラス・スミスは、有能な技師であり、あらゆる学問に通じていました。サイラス・スミスは、仲間と協力して、何もない所から、生活に必要なものを次々に作りだしていきます。

マッチ一本ないところで火を起こすことからはじまり、レンガや、陶器、石鹸、衣服、カゴ、鉄、ガラス、はては、電線まで作ってしまうという具合。さらに、ニトロ・グリセリンという爆薬を作って花崗岩を打ち砕き、湖の流れを変えます。そして、湖の下に隠れていた秘密の洞穴を発見します。

その洞穴はとても広くて、天井が高いだけではありません。岩壁に穴をあけて、光を入れると、まるで魔法のようにすばらしい場所だということがわかります。その景観は大寺院の本堂のよう。花崗岩の見事な柱が不均等に立ち並び、

まるで、ビザンチン様式、ロマネスク様式、ゴチック様式を混合して建てたようなみごとな建物だった。だがこれはあくまでも人間の手によるものではなく、自然のつくりだしたものだった。自然の力が、花崗岩の大岩壁の内部に、まさにこの幻想的なアルハンブラ宮殿を彫り刻んでいたのだ!

ー 『神秘の島』第1部18章[1]

彼らのリンカーン島は、肥沃な土地で、あらゆる種類の鉱石が手に入り、様々な種類の植物が生え、様々な種類の生き物が住んでいるので、彼らはそれを上手に使い、どんどん豊かになっていきます。

水夫のペンクロフは仲間に言います。

難船者向きの島があると思いますかな?つまり、難船してもうまくたどり着け、しかもあらゆる難関を切り抜けられる特別な島です。リンカーン島はまさしくそういう島の一つですよ!

ー 『神秘の島』第2部9章[1]

5人の男達は、畑を耕して野菜や麦畑を作り、島の動物を飼い、襲ってきた海賊も、病も乗り越えて、力強く島を開拓して生きていきます。

リンカーン島の運命

ところが、そのうち、説明のつかない超自然現象が起きはじめます。

リンカーン島には、彼らの他に人間は誰にもいないはずでした。それなのに、イノシシのからだから、鉛の弾丸が見つかります。彼らは、鉄砲など持っていないのに、です。

また、彼らの仲間の一人がマラリアで死にかけた時、手に入らないはずの薬が、まるで魔法のように、彼らの家のテーブルに現れます。そして、その薬で、仲間は見事、助かります。

海賊に襲われて彼らがピンチに陥った時も、説明のつかない沈没事故で、海賊船は、海賊ごと海に沈んでしまいます。そうして、彼らは奇跡的に助かるのです。

いったい、これはどうしたことだろう?リンカーン島には、自分達以外にも人間がいるんだろうか? と、彼らは思います。そこで、島中くまなく探すのですが、他の人間はどこにも見つかりません。

それなのに、その姿を見せない摩訶不思議な人物は、ミステリアスな方法で、彼らのピンチを救い続けます。


それでも物語のラスト、彼らはついに、その摩訶不思議な人物に、海の底の洞窟で出会います。その人物は、海の底の潜水艦で暮らしていました。それは、『海底二万海里』の重要人物であるネモ艦長だったのです。

ネモ艦長といえば、人間を嫌い、人間世界と絶縁して、海の底の潜水艦で暮らすミステリアスな人物です。そのネモ艦長こそが、彼らのピンチを度々救ってきたのでした。

ネモ艦長は、リンカーン島の洞窟に潜水艦を停泊させて、そこで長い間暮していたのですが、彼らが、リンカーン島で生活を始めると、その暮らしぶりに興味を持ち、影からそっと見守っていたのです。

ネモ艦長が彼らを呼んだのは、もう自分の命は長くないことを悟ったからでした。死ぬ前に艦長は、彼らに重大な島の秘密を教えます。リンカーン島は、火山岩でできた島なのですが、もうすぐ火山活動により、島は爆発してあとかたもなく吹き飛んでしまうだろうというのです。その恐ろしい話に、彼らは、言葉を失います。

彼らを最初におそった感情は、深い悲しみだった。直接身にふりかかる危険については、不思議に考えなかった。彼らが住みついたこの土地、豊かにしてきたこの島、心から愛し、いつかもっと繁栄させようと夢みていたこの島が破壊されてしまうことへの沈痛な思いだった。

汗水たらしたのはすべて無駄骨だったのか!あの仕事、この仕事、すべてが無に帰してしまうのか!

ー 『神秘の島』第3部19章[1]

それでも、とにかく、島が吹き飛んでしまう前に脱出しなくてはなりません。彼らは、急ピッチで、船づくりを開始します。

その間にも火山活動は活発になり、彼らが開拓した豊かなリンカーン島は、次々に煮えたぎる溶岩に侵食され、破壊されていきます。その中で、彼らは昼も夜もほとんど休まず、死に物狂いで船づくりを進めます。

とにかく、船を水に浮かべられるようにしようと、最後の最後まであきらめず、仕事に熱中する彼らのすぐそばまで、溶岩は襲ってきます。

溶岩は花崗岩の絶壁の上に達するや、火の滝となって砂浜になだれ落ちはじめた。身の毛もよだつおそろしい光景!

それはもはやいかなることばでも言いつくせない。まさに発熱化したナイヤガラとでも言おうか!

ー 『神秘の島』第3部19章[1]

船の防水作業は完全でなかったのですが、もうどうしようもなく、彼らは未完成の船に乗って逃げようとします。ところが突然、すさまじい爆発音と共に、島はあとかたもなく吹き飛んでしまいました。

せっかく作っていた船は壊れ、全ては海底に消えてしまいます。海に投げ出された彼らは、小さな岩塊となり果てたリンカーン島の上にはいあがり、死を待つのみとなりました。奇跡が起こらなければ死んでしまうという最後の最後に、その奇跡が起こります。

ネモ艦長から生前連絡を受けていた船が、彼らを迎えに、リンカーン島にやってきたのです。彼らは、死ぬぎりぎりのところで助けられ、アメリカに無事帰国することができたのでした。

自然にはかなわない

全てのものの中にプルシャがある
全てのものの中にプルシャがある

『神秘の島』の開拓は、人類の営みのミニバージョンだともいわれています。地球のミニバージョンのような無人島に、何一つ持たずに投げ出された5人の男達は、初めて道具を作りだした人類のように、マッチもないところから火を起こし、陶器を作り、鉄を作り、畑を作り、文明を築いていきます。まさしく、地球に文明を作って繁栄してきた人間の営みそのままの活動を、彼らも行っていくわけです。

しかし、彼らが知識、英知、固い友情、忍耐を全て結集させて築き上げてきた島の文明はラスト、火山の爆破で一瞬のうちに、跡形もなく吹き飛んでしまいます。ラストのすさまじい迫力の火山爆発のくだりを読む時、人間は本当に無力で、ちっぽけで、どんなに文明を築いたとしても、地球が跡形もなく吹き飛んでしまったらそれで終わってしまう存在なんだということを、ひしひしと実感させられます。

ヨガでは、全てのものの中にプルシャがあると考えます。地球上の全ての生命の中に、プルシャは息づいているのです。私達めいめいの身体の中にも、樹木の中にも、鉱石の中にも、草の中も、花の中にも、風の中にも、プルシャはあるのです。

だから、人間は自然とつながっているのです。そうです、人間もまた自然の一部にすぎないのです。けれども、人間はそれをすぐに忘れてしまいます。自分達は特別なものだと思い込んで、自分達の都合で自然を破壊しすぎてしまったのです。その結果が、近年の異常気象や、猛暑、コロナの猛威などにつながっているのではないでしょうか。


過ぎてしまったことはどうすることもできませんし、これから先、地球がどうなるのか、誰にもわかりません。地球が、さらに想像を超える猛威をふるったとしても、私達には、どうすることもできません。私達にできることは、神秘の島の開拓者達を見習うことでしょうか。

神秘の島の開拓者たちは、どんなにひどい目にあっても、冷静な心を保ち続け、お互いを助け合い続けました。そんな彼らは、まさしく、無人島のヨギーだといえるでしょう。

そして、彼らがヨギーだったからこそ、人間嫌いのネモ艦長も彼らを好きになり、彼らを助けようという気持ちになったのです。もしも、彼らが自分のことばかり考えて、お互いを批判しあうような人間だったら、ネモ艦長は、彼らを助けたいとは思わなかったことでしょう。

彼らが、最後の最後まで生き延びることができたのは、無人島のヨギーだったからにちがいないと私はそう思うのです。

『神秘の島』を開けば、いつだって、無人島のヨギー達に会いに行けます。そして、彼らが次々に直面する困難や、数々の謎、最後のすさまじい火山爆発にいたるまで、私達を惹きつけずにはおきません。ぜひ、この夏、『神秘の島』で無人島生活を体験してみてください!

参考資料

  1. ジュール・ベルヌ著、清水正和訳『神秘の島』福音館書店、1978年