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ヨガの教典の中で最もポピュラーな『ヨガ・スートラ』。『ヨガ・スートラ』はパタンジャリが編者だと言われていますが、そのパタンジャリが誰なのか?本を開いてみても、ネットで調べてみてもなかなか分かりません。
謎に包まれたパタンジャリという人物について、インドで最も権威のあるヴェーダンタ学派では、あるストーリーが伝えられています。
今回は、『ヨガ・スートラ』の知識を私たちに残してくれたパタンジャリについて深めてみたいと思います。
ベールにつつまれた、パタンジャリの出生ストーリー
現在、パタンジャリがいつ・どこで生まれた人なのかは誰にも分からないと言われています。しかし、言い伝えによると、パタンジャリは、ヒマラヤ山脈のどこかで生まれたと言われています。
ヒマは「寒い・雪」を意味し、アラーヤには「住処」という意味があります。ヒマラヤは「雪の住処」という意味です。
ヒマラヤ山脈の寒い地方で一人の赤子が生まれました。日中、母親が炊事などの家事を行っている間、赤子が寒いだろうと思い、野外の太陽の当たる場所に寝かせていました。
そこに、一匹のワシがやってきました。ワシは、良い獲物を見つけたと思い、赤子をくちばしで加えて連れ去ってしまいました。
その頃、ガンジス川で、ある聖者が朝の祈りを行っていました。インドでは、太陽の昇る時間に、ガンジス川の水を太陽に捧げる祈りを行います。聖者は、ガンジスの水を両手ですくって、それを太陽に向けて捧げるポーズを行っていました。
上空を飛んでいたワシは、気をゆるめた時に、うっかり赤子を落としてしまいました。その赤子は、聖者が太陽に向けていた手のひらの上に落ちました。
そして与えられた名前がパタンジャリです。パッタは「落ちてきた・飛ぶ」を意味し、アーンジャリは「手のひらに降りてきた天からのギフト」を意味します。
このように、天から降ってきた赤ちゃんは、聖者の元で真理について学びました。そして、後に『ヨガ・スートラ』を執筆します。
パタンジャリの本当の名前は誰にも分かりませんが、天から降ってきたという意味で、パタンジャリと呼ばれるようになったと言い伝えられています。
わかりやすさに注力した教典、それがパタンジャリのスートラ
ヨガスートラの前にも、様々な教典がありましたが、『ヨガ・スートラ』は、それまでにあった他の教典の教えを、とても短くまとめてくれたものだと考えられています。
短時間で簡単に! 伝統的なヴェーダから、現在のヨガへ
インド哲学・思想において、現在でも残っている最も古いものは『リグ・ヴェーダ』と呼ばれる教典です。紀元前1200年ころに書かれたと考えられています。
このヴェーダは、深い瞑想状態でバラモン(僧侶)が神から与えられた言葉を綴ったもので、当時は紙がないので、パーンと呼ばれる木の葉に書かれていました。
書いた人はヴィヤーサと呼ばれています。ヴィヤーサとは特定の個人の名前ではなく、ある立場の人に与えられた称号のようなものです。
その後、別のヴィヤーサたちによって、全部で4つのヴェーダが書かれました。その頃の教えは、今と全く違う形で引き継がれていました。
生徒は、一度自分の師(グル)を決めると、とても長い時間、師とともに過ごし、師から学びました。一般的に真実を学ぶために最低でも50年、100年はかかると考えられていました。
今とは違い、人生を200年と考えていたそうです。学びを得るためには、急がないことが大切でした。
時代が進むと、難解なヴェーダの真実を、もっとシンプルに理解したいという人々が増えました。伝統的な学問の学び方も変わり、できるだけ短い時間で、簡単に理解したいと思ったからです。
そして生まれたのが108つあると言われている教典『ウパニシャッド』です。ウパニシャッドは奥義書を意味し、ヴェーダから始まった学問をよりシンプルに解き明かしたものです。
しかし、ウパニシャッドによって簡潔にされた教えでさえも、理解することは困難です。さらに、短期間で効率よく学びたい人のために、パタンジャリの『ヨガ・スートラ』が生まれました。
『ヨガ・スートラ』は、自身の心をコントロールするメソッドが分かりやすく解説されています。
『ヨガ・スートラ』の教えは新しいものではなく、仏教やジャイナ教など、当時のインドで広まっていた複数の哲学の教えから良い部分をピックアップしています。
『ヨガ・スートラ』を編集したパタンジャリは、とてもオープンな考え方の人だったのかもしれません。
パタンジャリは、ヨガを科学した
『ヨガ・スートラ』を読むと、とても理論的な文章で書かれています。同じように自己の本質を探究するヨガでも、『バガヴァッド・ギーター』は、感情に訴える情緒的な言葉を使うので正反対に感じられます。
『ヨガ・スートラ』は、心の働きを極端に客観的な言葉で説明します。そのため、書いてある実践法を行えば、誰でも同じような体験をできる再現性の高い実践方法です。
『ヨガ・スートラ』のヨガでコントロールするのは私たちの心です。本来、心の働きはとても感覚的で抽象的であり、捉えにくいものです。だからこそ、ギーターなどの教典では、あらゆる方向から説明することによって、少しずつ心を捕らえていきます。
しかし、感覚的に理解するためには、とても長い時間が必要になります。
そういった意味で、パタンジャリの『ヨガ・スートラ』は、よりダイレクトに心の使い方を教えてくれる近道なのかもしれません。
対立する学派を統合し、昇華させたスートラの世界観
『ヨガ・スートラ』で書かれたヨガをラージャ・ヨガ(王のヨガ)と呼びます。パタンジャリは『ヨガ・スートラ』によって新しいヨガを作り上げたのではなくて、すでにあった複数の学派の教えから、良い部分をピックアップしてまとめたと考えられています。
例えば、『ヨガ・スートラ』の土台となる考え方はサーンキャ哲学です。そのため、『ヨガ・スートラ』は、サーンキャ・ヨーガの教典と呼ばれることもあります。
サーンキャ哲学では、自分自身の本質であるプルシャ(真我・霊性)を知ることを目標とします。そのために、プラクリティ(物質原理)によって作り出された外側の世界への意識を弱めることが必要です。
いっぽう『ヨガ・スートラ』の八支則の1つ目であるヤマには下記の5つが含まれます。
- アヒムサ(非暴力)
- サティヤ(正直)
- アスティヤ(不盗)
- ブラフマチャリヤ(禁欲)
- アパリグラハ(不貪)
これは、ジャイナ教のマハーヴラタ(5つの大禁戒)と全く同じだということが分かります。この5つの禁戒は、社会生活における道徳のように考えられがちですが、社会の中での自分のふるまいを見直すことで、自分の心の状態を向上させることができます。
ジャイナ教においても、アヒムサ(非暴力)は身体的な暴力(殴るなど)だけでなく、言語的な暴力や心理的な暴力も含みます。パタンジャリも、自身のふるまいが心に与える影響を知り、ヤマやニヤマを八支則に加えたのだと思われます。
その他、八支則のサンヤマ(瞑想状態)の解説には仏教の理論が多く取り入れられたりと『ヨガ・スートラ』は本当に様々な対立する学派の考えを受け入れていることが分かります。
ヨガの最善をみいだし、現代ヨガへとつなげたパタンジャリ
どこで生まれたのか、本名は、師は誰なのか、何一つ分かっていないパタンジャリという人物ですが、『ヨガ・スートラ』を読むと、パタンジャリの人柄を感じることができる気がします。
沢山ある教えの中から最も効率よく、人々が自分自身の真実に到達できる方法を導き出してくれた人がパタンジャリなのではないでしょうか。
『ヨガ・スートラ』を作るためには、様々な哲学や宗教について深く理解している必要があり、本当に熱意をもって、オープンな心でヨガに向き合っていた方なのだと思います。
パタンジャリの教えによって、現代のヨガの流れができあがりました。その恩恵を感じるためにも、『ヨガ・スートラ』をじっくり読んでみてはいかがでしょうか。