禅語に見るヨガの心  VOL.6「無事是貴人 (ぶじこれきにん)」

禅語に見るヨガの心:VOL.6「無事是貴人」(ぶじこれきにん)

「無事是貴人」(ぶじこれきにん)

お茶席では、年末になると「無事」や「無事是貴人」と書いた掛け軸が好んで使われます。1年を無事に過ごせたことへの感謝の気持ちを表し、無事に新年を迎えられますようにという願いをこめているのです。何かと慌ただしく過ぎてしまう年末に、「無事」の掛け軸を見ることで、「ああ、今年も1年が終わるんだな」と、一瞬立ち止まって実感するひとときです。

しかし、禅語としての「無事」の本来の意味は、「平穏無事」や「無病息災」とは異なります。

禅にまつわるこんなお話

「無事是貴人」という言葉は、臨済宗の祖である臨済禅師の言葉をまとめた「臨済録」という書物にあります。では、どういう意味なのでしょうか。

放てば手に満てり
求心やむところ、即ち無事
手放せば、手にすることができる
求める心をなくせば、無事の境地に達することができる

無事これ貴人
ただ造作することなかれ
ただこれ平常なり
外に向かって傍家に求過して、脚手にもとめんと擬す
錯りおわれり

「無事」とは、作為せず、無造作(あるがまま)であること。それを当然としてやることが平常であり、外に向かって何かを求めようとしてはならない。求めなくてもよいことに気づいた、安らぎの境地のこと。そんな意味が込められています。

「無事」によく似たアーサナとは?

人は生まれながらにして仏性を備えているのに、自分の外に何かを求めてしまい、かえって心を乱してしまいがち。ついつい自分をよく見せようとして、周囲の目を気にしてあれこれ思いを巡らせてしまうことも。純粋に自分と向き合うことは難しいですね。

「だからヨガをやっています」という方もいらっしゃるかもしれません。そこで質問です。「無事」によく似たアーサナは、何だと思いますか?「作為せず、あるがまま」「求めなくてもよいことに気づいた、安らぎの境地」まるでシャバアーサナのようではありませんか?

ヨガと禅

ヨガクラスの終わりにシャバアーサナをする生徒達
シャバアーサナはその日練習したポーズを意識的に心と身体に浸透させる

シャバアーサナは、主にヨガクラスの最後(場合によっては最初や中盤にも)に行う、仰向けになって呼吸に身をゆだね全身の力を抜いてリラックスするポーズのこと。とても簡単なポーズのように見えますが、意識して行うととても難しく、そして重要なポーズのひとつです。

リラックスしようと意識すればするほど、どこかに力が入ってしまったり、じっとしていられずいろんな考えがぐるぐる回ってしまったり。また逆に無意識にそのまま寝てしまうこともあるかもしれません。もし、シャバアーサナをしていて雑念にとらわれてしまったら、「無事」のことを思い出してください。

今日も1日、無事に過ごせたことに感謝し、心地良い感覚を味わって。そうしているうちに、「無事」の境地に出会えるかもしれません。