「日々是好日」(にちにちこれこうにち)
一般的にもよく知られ、掛け軸などでもよく見かける言葉。その意味は、「毎日毎日が良い日である」。難しく思われがちな禅語の中でも、この「日々是好日」はわかりやすいですね。キリスト教で神に捧げるゴスペルソングにも「Oh Happy Day」という歌があります。「毎日が良い日」「幸せだ!」と感じながら暮らしていきたいものです。
けれど、実際にはどうでしょう?お天気はいつも晴れている日ばかりではないし、自分の心や体だって不調な時もあります。仕事や家庭など、周囲の環境もいつもうまくいっているとは限りません。「日々是好日」をより深く知り、自分の中に取り入れるために、まずはこの言葉の由来から探っていきましょう。
禅にまつわるこんなお話
「日々是好日」という言葉は、中国の雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師が修行を重ねる弟子たちに語った公案(問答)からきています。
「十五日已前は汝に問わず、十五日已後、一句を道い将ち来られ」
自ら代わって云く、「日々是好日」
雲門禅師は、弟子たちに言いました。
「今までの十五日間のことは問うまい。
これからの十五日間で一番大切なことを一言で表しなさい」
誰も答えられずにいると、禅師は自ら答えました。
「日々是好日、毎日毎日が大切な日だ」
問答からわかること
仏教の教えでは「今、この瞬間を精一杯生きなさい」と言われます。過去のことばかりにとらわれていたり、まだ見ぬ未来のことばかりあれこれ考えていたりしては、今を生きていることになりません。
禅師は弟子たちに、修行には良い日や悪い日も関係なく、毎日精一杯努めることが大切であると説いているのです。日常的に厳しい修行をしているわけではない私たちにとっても、お天気の良しあしや気分の浮き沈みなどに左右されることなく、毎日毎日を精一杯生き、良い悪いで判断することなく、その毎日を積み重ねることによって、人生をより素晴らしいものに創り上げることに繋がるのではないでしょうか。
ヨガと禅
ヨガをしていると、毎日、あるいは毎週同じアーサナをしていても、その日によって、なぜか体がよく動く日もあれば、そうでない日もあることに気づきます。けれど、マイナス面ばかりにその都度フォーカスして「ダメだ!」「どうして?」と考えるのではなく、今ある状況をただ味わうことが大切です。
人と自分を比べることなく、その日その日のアーサナを精一杯繰り返すことで、心も安定してくることを体感されている方は多いのではないでしょうか。ヨガの実践を通して、目先の運や不運にとらわれることが少なくなり、ありのままを受け止めることができるようになるでしょう。
目が覚めて、窓を開けて太陽を拝み、「ああ、今日も良い日だ!」と感謝して。そしてヨガの太陽礼拝から一日をスタートしてみてはいかがでしょう。どんな日であろうと毎日は素晴らしい、そう心と体で実感しながら。