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現在、ヨガの最も権威のある教典はヨガ・スートラであり、ヨガ・スートラで説かれているヨガをラージャ・ヨガ(王のヨガ)と呼びます。
それに対して、実際に伝えられえているヨガの多くは、ハタヨガというシステムを基に発展したものです。
どちらも現代のヨガに活かされている代表的な古典ヨガなので、今回はその違いについてみていこうと思います。
ヨガ・スートラとハタヨガの背景と内容
ヨガ・スートラのヨガとハタヨガ、2つのヨガの違いを発生の背景から見てみましょう。
ヨガ・スートラのヨガは現代の全てのヨガの土台
ヨガ・スートラは西暦4~5世紀ごろに成立したと考えられています。
パタンジャリという一人のリシ(聖者)によって編纂(へんさん)※1されたとされますが、パタンジャリがいつ、どこで生まれ、誰に師事していた聖者なのかは全く分かっていません。
ヨガ・スートラはヨガ派の教典として知られています。実践を大切にしたヨガ派は、哲学学派のサーンキャ派と1対と考えられ、サーンキャ派の説いた2元論をヨガの実践によって実現します。(二元論については後ほど説明します。)
またヨガ・スートラは、同時代に影響力が強かった仏教やジャイナ教の影響を大きく受けています。良いものを広く取り入れながら、1つの真実に向けて到達するための方法を八支則というシステムに体系化しています。
後の“実践方法”では、瞑想に重点を置き、8支則で段階を追って瞑想への入り方を説明します。
- 編纂(へんさん):一定の方針のもとに複数の著作や項目を集め,取捨選択,再編成し,一つの出版物にすること。(図書館情報学用語辞典 第5版より)
ハタヨガは誰でも活かしやすいテクニック
ハタヨガは10世紀ごろに生まれた比較的新しいヨガです。
ハタヨガ教典の中ではヨガ・スートラのヨガのことをラージャ・ヨガ(王のヨガ)と呼んでいます。そして、ハタヨガはラージャ・ヨガに到達するための階段だと説かれています。
ハタヨガは、高遠なラージャ・ヨガに登らんとするものにとって、素晴らしい階段に相当する。(ハタヨガ・プラディーピカ1章1節)
ラージャ・ヨガが心をコントロールする精神的なヨガなのに対して、ハタヨガは身体やエネルギーに重きを置きます。心はコントロールすることが難しいけれど、身体は自身の意志で動かしやすい。そのため、身体や呼吸をコントロールする方法を学びながら、徐々に心も整えていきます。
ハタヨガでは、タントラという神秘的なエネルギーを操る流派のテクニックを多く取り入れています。そのため、エネルギーを操る超能力的なテクニックさえも時に実践されます。
ヨガ・スートラとハタヨガの宇宙観の違い
ヨガ・スートラとハタヨガで最も大きく違うのは宇宙観です。
ヨガ・スートラは世界を2つに分ける二元論
ヨガ・スートラの宇宙観はサーンキャ哲学の二元論を採用しています。
二元論では、世界をプルシャとプラクリティの2つに分類しました。
プラクリティ(物質の根本原理):物質世界を作る全て、肉体、心
二元論では、目に見える世界は全て物質的なものであるけれど、物質は常に形を変える無常なものである。唯一変わらない本質こそがプルシャ(真我)であると考えます。人間の身体だけでなく、心も常に変化をしているので、心さえも物質的なプラクリティです。だから、ヨガでは心の働きも止めます。
ヨガとは心の働きを静止させること。(ヨガ・スートラ1章2節)
心の働きを止めるとは、水の波紋を無くすようなことです。水に動きが無くなって波紋が消えた時、初めて水の底にある真実が見えます。
自分自身の奥にある真実を探すことがヨガ・スートラのヨガの目的です。
心・身体・宇宙の3つの調和を取るハタヨガ
建前上はラージャヨガ(深い瞑想)への階段だと定義されるハタヨガですが、宇宙観を見るとヨガ・スートラと大きく違います。
ハタヨガはヨガの神様でもあるシヴァ神が人々に与えてくれた知恵だと考えられています。
ハタヨガの道術を太初に示しもうた祖神シヴァに帰命したてまつる。(ハタヨガ・プラディーピカ1章1節)
ここからも分かる通り、かなり宗教やスピリチュアル的な側面も持ち合わせています。
ハタヨガの土台となる考え方は、インドの古代の教典であるヴェーダだと考えられています。ヴェーダは現代のヒンドゥー教に繋がる教典で、宇宙をたった1つのブラフマン(宇宙の根本原理)であると説きます。
さらにハタヨガでは、世界を2つに分けます。それは女性的なエネルギーである月と、男性的なエネルギーである太陽です。また、内向的な月は心を表し、外交的な太陽は身体を表します。この心と身体のエネルギーのバランスを整えることこそがハタヨガの技術です。
月と太陽のエネルギーの両方をコントロールすることができた時、それら全てを含む宇宙のエネルギーを得ることができます。このように眠った潜在能力を開花させるのがハタヨガです。
ヨガ・スートラとハタヨガの実践方法
それぞれどのように実践するのか、ヨガ・スートラとハタヨガ・プラディーピカの2つの教典をもとに見ていきましょう。
ヨガ・スートラの八支則
ヨガ・スートラでは、心の働きを止めるために8つのステップで実践を行います。
- ヤマ(制戒):社会的な禁止事項
- ニヤマ(内制):自分に対する制御
- アーサナ(座法):安定した座り方
- プラーナヤーマ(調気法):呼吸でプラーナ(気)をコントロール
- プラティヤーハーラ(制感):外界から受ける感覚を断つ。
- ダーラナ(凝念):意識を一点に集中。
- ディヤーナ(静慮):ダーラナで一点だった対象を広げる。
- サマーディ(三昧):心が停止した状態。
この8つのステップをまとめて八支則(アシュタンガ・ヨガ)と呼びます。八支則では自分自身に向き合うために、外側の自分から少しずつ内側の自分に意識を向けていきます。
最初の段階のヤマ・ニヤマでは社会へのしがらみと心を切り離します。
アーサナでは身体を、プラーナヤーマでは呼吸を制することで、徐々に物質としての自分への執着を弱めます。プラティヤーハーラでは、5感と心との繋がりを断ち、意識が自分の外に向かないようにします。
最後の3段階をまとめてサンヤマと呼び、サンヤマは深い瞑想の状態です。
ダーラナでは瞑想の対象である1点に意識をむけ、雑念を弱めます。ダーラナが深まるとディヤーナが起こり、瞑想状態は途切れないものとなります。そして、さらに瞑想が深まった先にサマーディが起こり、瞑想者の自我意識が消失します。
このように、段階を踏みながら瞑想を深めるのがヨガ・スートラの実践です。
身体にフォーカスするハタヨガ
ハタヨガの実践方法は、教典によって若干の違いがあるため、今回はハタヨガ・プラディーピカに説かれた方法をご紹介します。
ハタヨガ・プラディーピカでは4つの段階でヨガを行います。
- アーサナ(座法)
- プラーナヤーマ(調気法) (シャット・カルマ(6つの浄化法))
- ムドラー(印)
- ラージャ・ヨガ(三昧)
ハタヨガでは最初にアーサナを行いますが、通常アーサナの前に生活の心得を教わります。それは、住むべき場所であったり、食べるべきもの、教えを与えてくれるグルへの尊敬などです。それらの土台を元に実践することで、ヨガの成功がより近づくと考えられています。
アーサナの種類は流派によって様々です。瞑想を行う座法だけではなく、病気を取り除いたり、内臓の働きを整えたり、身体を軽くしたりと、健康に生きるために活かせるアーサナが多く説かれています。
プラーナヤーマは主に呼吸によって心と身体を整えます。プラーナヤーマにも様々な種類があります。ハタヨガでは心と体は繋がっていると考えられているため、呼吸を穏やかにし、クンバカという呼吸を止めるテクニックによって心の働きも止まり、瞑想状態に入ることができると考えられます。
ムドラーは印という意味で、アーサナ・呼吸・バンダ(締め付け)などを組み合わせて行います。それによって自身のエネルギーを自由に操れるようになり、潜在能力が発揮されます。
プラーナヤーマやムドラーといった実践を深めることによって、雑念は消えて瞑想状態に入ることができます。それをハタヨガではラージャヨガとよび、サマディ(三昧)と同じ意味で考えられています。
ヨガ・スートラでもハタヨガでも自身の本質を見つける
2つのヨガの特徴を非常に端的にまとめると、ヨガ・スートラでは精神性に集中し、ハタヨガでは肉体にアプローチしながら徐々に思考も整えていきます。アプローチに多少の相違があっても、どちらも自身の本質を知り、本来の自分の幸せを求める意味では同じヨガです。
今ヨガを行っている人の中でも、瞑想を心地よく実践できる方もいれば、アーサナを行っている方が集中できるという方もいます。ヨガの種類の違いは、人の個性の数だけ存在しますが、自分にとってピンとくる教典を見つけてみてはいかがでしょうか。