私たちの心は常に忙しく動き続けています。
また、私たちが行動を起こすときには全て思考で判断したことを元に動きます。行動によって未来は変わっていくので、私たちの人生は全て心が作り出したものだと考えることもできます。
ヨガ哲学では心をどのようにとらえるのか、ヨガの教典であるパタンジャリの『ヨガ・スートラ』をもとに説きます。
5つの心の働きの種類
ヨガ・スートラ第一章の中では5種類の心の働きが何かを解説しています。
- 正しい認識:直接経験の知識・推理・信頼できる証言
- 間違った認識:事実と一致しない。
- 空想:実態のがなく、言葉によって作り出される
- 睡眠:無を対象としている(タマス性)
- 記憶:過去の経験を忘れない。
さらにこれらには、苦悩に結びつくものとそうでないものがあるのだと説いています。
心の働きは5種類で、苦悩を伴うものと苦悩を伴わないものがある。(ヨガ・スートラ1章5節)
思考は私たちが5感から得た情報をもとに作り出されます。
例えば痩せた野良犬を見た時に「可哀想にお腹を減らしているのに、私は飼ってあげることができない」と思えば、心の中に可哀想だと思う悲しみの感情が生まれます。
同じ子犬でも友人宅で甘やかされたペットの子犬を見たら、「なんと可愛い子犬なのだろう、また会いに来たい」と思い、苦悩の感情は生まれません。
苦悩が生まれるか生まれないかは、私たちの”思考のクセ”や状態による場合もあります。同じ光景を見ても、見る人の”思考のクセ”で苦悩を生んだり生まなかったりします。
インドに来ると、1日ほとんど何もしないで軒先に座っているおじさんがとても多いです。ある人は「この人たちは仕事もしないで全く生産性なく人生を無駄にしている」とネガティブに考えるだろうし、ある人は「のんびりしていて田舎は良いな」と思うでしょう。
目の前の現実は変わらなくても、私たちの考え方で世界は全く違うものになります。それであれば、自分の思考を理解して、必要であれば快適な方向に修正してあげると苦悩は弱まるのではないでしょうか。
ここから、5つの心の働きの特性についてみていきましょう。
1.正しい認識
1つ目の心の働きは正しい認識です。
ヨガ・スートラによると、正しい認識はさらに3つに分類されます。
- 直接の知覚
- 推理
- 信頼できる証言
直接の知覚
1番目は直接の知覚です。直接の知覚とは、実際に私たちが5感で得た情報です。
「火を触ったら熱かった」というように、自分で実際に目・耳・鼻・舌・触覚を使って情報を得て認識します。
しかし、直接の情報であっても、私たちの脳は勘違いをすることがあります。
インドの有名な例えだと、夜道に1本のロープが落ちていたら、それを見た人は夜道の恐怖心からロープを蛇だと勘違いしてしまうという話です。その人は必死に逃げるので、それが本当に蛇かどうかを確認することができず、「この道には蛇がいるから危険」だと認識してしまいます。
自分が正しいと思ったことも疑うことは大切ですね。
推理
2番目は推理です。
例えば、電信柱に衝突した車の凹み具合を見て、この車は速度違反をしていたに違いないと割り出します。
推理で正しく認識するためには正しい経験や知識が必要になります。
信頼できる証言
3番目は信頼できる証言です。
一般的に信頼できる証言とは、ヨガのグル(師)の言葉や、教典の言葉を意味します。ヨガの教典は、古代のリシ(聖者)たちが実際に体験したことが書かれているので、信頼できる証言だと考えられています。
2.間違った認識
間違った認識とは、事実と一致しないいつわりの認識です。私たちが5感によって得た情報であっても、誤って認識してしまうことがあります。
アフリカの先住民族の村を訪れたあるテレビ局の取材班が、泥沼の前にしゃがみこんで泥水に手を付けている子供を見つけて、「アフリカでは水不足で可哀想に子供たちは泥水を飲んでいます」と映像を録画したそうです。しかし実際は水不足などなく、子供たちは泥遊びをしていただけでした。しかしその映像を見た多くの人は「アフリカはやっぱり貧しくて可哀想」と思ったそうです。
自分が見たからといって、それが本当に正しいかどうかを判断することはとても難しいことです。
3.空想
空想とは、実体がないのに想像によって作り出された認識です。
例えば子供の時におとぎ話の絵本を読んで、まるで自分がその世界の主人公になった状態を想像しているような心の働きです。
ヨガの瞑想中にも跳躍した空想が起こることがあります。それによって神秘的な映像を聞いたと思いこんだり、悟りを得たと勘違いしてしまうこともあります。悟りを得たという勘違いはヨガの障害としても説かれています。
4.睡眠
夢を見ない深い睡眠は、まるで心の働きが止まっていると感じる人が多いと思います。しかし睡眠とは「無」を対象にした心の働きだと考えられています。
ヨガ・スートラによると、睡眠はタマス(暗質)な心の働きだと説かれています。起きた時に「よく眠った」と感じることができるのは、私たちが眠りの状態を記憶しているからだと考えられています。認知できないものに対して記憶することができないので、睡眠中にもある種の心の働きがあったと言えます。
また、夢も見ない深い睡眠とサマディ(三昧)は、どちらも心の働きが感じられないから同じではないかと考える人も多くいます。
サマディと睡眠の1番の違いは、自分の存在(プルシャ)を認識できているかです。
ヨガの瞑想では、感情や思考が止まっても、真の自分(プルシャ)を体験することができると言われています。それに対して、睡眠では“自分に対する概念”も見えなくなっています。
5.記憶
記憶(スムリティ)も心の働きの一つと考えられていますが、ここでは過去の記憶が思い出されている状態を意味します。いっぽう眠っている潜在的な記憶はサンスカーラと呼びます。
記憶は、過去に5感を通して得た情報や、それによって生まれた思考を蓄積したものです。しかし、人間は全てを完全に記憶することができず、自分自身の体験でさえ間違って記憶してしまうことがあります。
そのため、記憶として浮かんだ印象が真実なのか、不完全な真実なのか、もしくは空想なのか、私たちは証明することができません。
ヨガで心の働きをコントロールする
ヨガ・スートラの冒頭で、ヨガは心の働きを止めることであると定義されています。
ヨガとは心の働きを制止することである。(ヨガ・スートラ1章2節)
すでに書いた通り、心の働きには苦悩を生み出すものと生み出さないものがありますが、どちらもヨガの求める幸せには不要なものです。
通常の思考で私たちが見つけることのできる幸せは、いつも条件付きのものです。
- お料理がおいしくできたから幸せ
- 子供が今日も元気に育ってくれて幸せ
- 美しい夕焼けが見られて幸せ
これらの幸せは、条件となるものがないと感じることができず、料理を焦がしてしまったら残念だなと思い、子供が風邪を引いたら心配だなと思います。
ヨガをしていると、どんどんささいなものに幸せを感じられるようになってくるのを感じる方がいます。
以前は子供が学校で良い成績を取ってくれなくては不満だったけれど、今は居てくれるだけで幸せ。もっと深まると、深い呼吸をしただけで「気持ち良い幸せだ」と感じる時があります。
「ここにいることが幸せ、呼吸が幸せ」と感じるようになると、その時には余計な思考は働いていないですね。
思考は人間として生きるためにはどうしても必要なものです。しかし思考のしくみとして、リスクを避けるためにあえてネガティブに考える特性もあります。
もし心によって苦しめられているのであれば、まずは自分の思考を客観的に観察してみましょう。今回説いたように、5つの働きに分けて、私の不安は推理なのか、空想なのか、間違った認識ではないのか?と冷静に分類するのも有効です。
自分の心が少しずつ理解できるようになったら、ヨガで不要な思考を手放してみましょう。すごく自由で楽に感じられます。