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プラーナーヤーマ(調気法)は、呼吸器官を整えることで免疫システムを整えたり、精神的なストレスの軽減などの効果があると考えられ、現在のインドでは企業が社員に向けてプラーナーヤーマの講座を開催することもあります。
テレビ番組でも有名なヨガの聖者がカパーラ・バーティやバストリカーの方法を説き、毎朝テレビの前で呼吸法を実践する人も少なくありません。
そのように健康効果に関心が高まるプラーナーヤーマですが、身体的な健康だけを期待するのはもったいないことです。
古典ヨガでは、プラーナーヤーマの身体的な効果よりも、精神的な効果の深さについて説かれています。
プラーナーヤーマの目的「呼吸が止まると心も止まる」
気が動くと心も動く。気が動かなければ心も動かない。ヨガ実践者は心の動きを止めなければならない。それゆえに、気の動きを止めなければならない(ハタヨガ・プラディーピカ2章2節)
こちらは、古典ハタヨガの教典ハタヨガ・プラディーピカのとても有名な言葉です。
まずは呼吸と心の関係について考えてみましょう。
日常の感情と呼吸の関係
呼吸は意識して行うこともできますが、無意識にも行っています。しかし、呼吸のクオリティは、その時の心のエネルギーに強い影響を受けています。
例えば、カンカンに怒っている人をイメージしてみましょう。漫画などで怒っている人は、鼻息荒くなっていますね。それは、怒りという強い感情によって、呼吸も力強くなっている状態です。
次に緊張している時の自分に意識を向けてみて下さい。呼吸が止まりがちになったり、とても浅い口呼吸をしてしまっています。
泣いている時にはどうでしょう。子供の時のことを思い出すと、ワンワン泣いている時には鼻も詰まるし、呼吸ができなくて苦しくなってしまいます。感情のコントロールを失うと、呼吸のコントロールもできなくなってしまい、さらに心のストレスが大きくなると過呼吸で苦しむ方もいますね。
このように無意識で行っている呼吸は、心の状態に大きな影響を受けています。
それでは、逆の発想をしてみましょう!
心のコントロールができなくなってしまったら、呼吸を意識的にコントロールすればいいのです。
ストレスを抱えた人が無意識に深いため息をこぼしたり、緊張した人が人という字を3回手のひらに書いて飲み込むのも同じです。呼吸を深く穏やかにすると、心も緩まることを人は無意識に実感しているのですね。
これを、さらに極めたのがプラーナーヤーマです。そう思うと、なんだかヨガの呼吸に興味が湧いてきませんか?
なかなかプラーナーヤーマが深まらない時にはアーサナを見直して
単純に肺活量を高めて、身体的な効果を得たいのであればテレビを見ながらのバストリカーでも充分に効果があります。しかし、プラーナーヤーマ本来の精神的な効果を得るためには、もう少し深い実践を行う必要があります。
心のプラーナの状態を整えるためには、身体のプラーナと呼吸のプラーナを整える必要があります。身体に調子が悪いところがあったり、充分にエネルギーを取り込むスペースがないと、呼吸エクササイズだけを頑張ってもなかなか深い呼吸を行うことができません。
例えば、背中が丸まってしまっていて横隔膜が圧迫されて充分に息を取り込むことができなければ、どうしても浅い呼吸になってしまいます。
プラーナーヤーマや瞑想に最適なアーサナはパドマ・アーサナ(蓮華座)やシッダ・アーサナ(達人座)です。
椅子に座って呼吸法を行うのも、肺活量を改善するためなら良いことですが、ヨガのプラーナーヤーマではあまりおススメされません。脚が身体よりも下にあると重力の影響で血液を循環させるのに多くのエネルギーを使ってしまいます。プラーナーヤーマでは、できるだけ呼吸を長くて細いものにするので、体内のエネルギーの働きが活発になる姿勢はあまり適していません。
また股関節が硬い人は、胡坐(あぐら)で座った時に膝が高く上がってしまいがちですが、それもよくありません。呼吸は胸部を広げるだけでなく、腹部や骨盤の位置まで充分にスペースがあることで深まります。股関節が固い人は、お尻の下にクッションを入れるなどで調節することで呼吸がスムーズにできるようになります。
アーサナが整うことによって、プラーナーヤーマの50%はすでに達成されたと考えられます。実際にアーサナの練習をすると、自然と深い呼吸ができるようになるのを感じることができるので、ヨガの練習をしながら観察してみましょう。
プラーナーヤーマの効果:心の不安が消えていく
私たちの人生でもっとも大切なことは、心の中の不安を弱めていくことです。どれだけお金があっても、人を信じられなくなれば幸せを感じられません。身体が健康で安定した仕事があっても素敵な仕事をしている友人と比べて惨めに感じる人もいれば、定収入で贅沢ができなくても家族と幸せに生きる人もいます。
幸せは物質的な条件で決まるわけではなく、心の意識の向けかたで変わってきます。
その(プラーナーヤーマの練習)結果、心の光りを覆っていたものが消滅する。(ヨガ・スートラ2章52節)
ヨガ・スートラでは、プラーナーヤーマの効果として、心の中の光りを覆い隠していたものが消えると書いてあります。
ヨガ哲学では、私たちは何も足さなくてもすでに純粋で幸せな存在であるのに、それに気が付くことができないのは無知(アヴィディヤー)と呼ばれる煩悩のせいだと説きます。
日常の場面で考えてみましょう。ずっと子供が欲しかった人は、健康な赤ちゃんが生まれたら何よりも幸せを感じることができます。
しかし、少しずつ心の中に煩悩が育ってしまうと、「私の子供が友達の子供より成績が悪いから惨め」「子供が私の作ったご飯より外食の方が好きで悲しい」と、色々な理由を見つけて、「自分は不幸」だと思い込んでしまいます。その結果、子供のいる幸せそのものまで感じることができなくなってしまいます。
「これもこれも完璧でないと不幸」という思い込みは、心の中の光りを覆って見えなくしてしまいます。このような不純物は、プラーナーヤーマの実践によって自然に弱まってきます。
日常生活で感じる様々な不安を取り除くことは簡単ではありません。
ヨガ哲学を勉強して、自分の意識の向け方がネガティブな方向に行きすぎていると知ることも大切ですが、感情は、理性で分かっていてもコントロールしがたいものです。
心の中の不安を取り除きたい時には、プラーナーヤーマの練習が最適です。呼吸はコントロールすることが難しく、1日や2日では効果を感じにくいかもしれませんが、繰り返し実践することで確実に自身の心の状態が変わっていくことを感じることができます。
プラーナーヤーマから瞑想へ
多くのハタヨガ教典では、プラーナーヤーマの実践によって深い瞑想状態に到達することができると説きます。
クンバカ(息を止めること)によってラージャ・ヨガの状態を得ることに疑いはない。クンバカによってクンダリーの覚醒が起こる。クンダリーの覚醒によってスシュムナーは自由になる。また、ハタヨガの完成が起こる。(ハタヨガ・プラディーピカ2章75節)
多くの人は、瞑想を行っている時にどうしても雑念が消えず、瞑想の効果を感じる前に挫折してしまいます。
ただ座って、心をコントロールしようとするのはとても難しいことです。そのため、ハタヨガではプラーナーヤーマの実践によって自然に瞑想状態に入っていく道筋を与えてくれました。
クンバカというのは、プラーナーヤーマで息を止めることです。間違った方法で行うと、かえって心や体のエネルギーを不安定にしてしまいますが、正しく練習すればラージャ・ヨガ、つまりサマディ(三昧)と呼ばれる瞑想状態に入ることができます。
プラーナーヤーマは、呼吸をコントロールすることで大きな健康効果もありますが、それだけではなく、ヨガの醍醐味である瞑想に導いてくれるスピリチュアルな実践です。
「自律神経を整えるのに」「睡眠の質を」「新陳代謝を」を特定の効果に縛られることなく、プラーナーヤーマを実践している時の自信の内側の変化に意識を向けていくことで、想像もしなかった素晴らしい効果を受け取ることができます。