こんにちは!丘紫真璃です。
今回は、日本の超有名な児童文学作家、安房直子さんの「きつねの窓」を取り上げてみたいと思います。「きつねの窓」なら、教科書で読んだことがある~という方もいらっしゃるのではないでしょうか?
安房直子さんは、幻想的な童話を描かせたら右に出るものはいないというくらい唯一無二の童話を作りだす作家さんであり、彼女のマネはいくらしたくたって、誰もできないのではないかと思います。
そんな唯一無二の幻想的な童話を作りだす安房直子の世界と、ヨガに、いったいどんな関係があるというのでしょうか?
さっそく、安房直子の幻想世界を、そっとのぞきにいってみましょう!
メルヘン世界を生み出す、安房直子の世界
安房直子さんは、1943年生まれの日本を代表する児童文学作家です。日本女子大学で山室静教授と出会い、指導を受けつつ、児童文学の創作を始めます。
「さんしょっ子」で、日本児童文学者協会賞。「風と木の歌」で小学館文学賞。「遠い野いばらの村」で、野間児童文芸賞。「風のローラースケート」で、新美南吉児童文学賞。「花豆の煮えるまで」で、ひろすけ童話賞……と、数々の賞を受賞されている名作家です。
安房さんは、子どもの頃、グリムや、アンデルセンや、日本の昔話を読みふけっていたそうですが、彼女の作品は、それもなるほどとうなずけるような、メルヘン童話といえると思います。
メルヘンとは何だろう。
安房直子さんの作品は、メルヘン童話ではないかと書きましたが、ここで「メルヘン」とはいったい何なのかということを、よくよく考えてみたいと思います。
「コロボックル物語」でおなじみの佐藤さとるさんの「ファンタジーの世界」という本を参考にしてみますと、グリム童話集や、アンデルセンが、メルヘンに当たると書いてあります。
「グリム童話集」は、グリム兄弟がドイツの各地を訪ね歩き、様々な人から昔話を聞き取って1つにまとめたものです。つまり、ドイツの昔話なわけですね。
メルヘンとは昔話のことだと考えていただいていいのではないかと思います。
そして、メルヘンの大きな特徴の一つに、動物が口をきいても登場人物は特に驚かないという点があります。カエルがしゃべったところで、いちいち「カ、カ、カエルがしゃべったあ~!」とは、ならないわけです。
また、メルヘンには、魔法使いや小人、魔物といったものがごく普通に登場します。街角に、ごく普通にヒョイと現れるのです。そして、ごく普通に魔法を使ってしまいます。これまた、登場人物は魔法にいちいち驚きません。「ま、魔法だあ~!」なんて、目を白黒させたりしないわけですね。
動物が普通にしゃべり、魔法使いや、小人、魔物がごく普通に登場して、魔法を普通に使ってしまう……。そういう世界がメルヘンです。
きつねの窓の不思議な懐かしさ
安房直子さんの作品は、まさしくメルヘンです。まるで、人が眠る時に見る夢のような世界です。夢をもっと洗練させたような世界だといったらいいでしょうか。
ここで、やっと「きつねの窓」を見てみましょう。
主人公は、若い漁師です。ある日山道で迷ってしまい、見たこともないようなききょうの花畑に出てしまいます。その花畑で、白いきつねを見つけたので後を追いかけていくのですが、途中で見失ってしまいます。
すると漁師は、きつねを見失った場所に、小さい染物屋があることに気がつきます。染物屋から出てきた子どもを見て、漁師はすぐ、それがさっきの白ぎつねが化けた姿だな、とわかりますが、気づかないふりをして、しばらくきつねと話をします。
すると、きつねがこんなことを言い出します。
「そうそう、おゆびをお染めいたしましょう」
(「きつねの窓」)
指なんて染められてたまるかい、と漁師は思いますが、指を染めるのはとっても素敵なことなんだときつねは言い、自分の両手を漁師に見せます。見ると、きつねの両手は、親指と人差し指だけ青く染まっているのです。
きつねは、青く染まった4本の指でひし形の窓を作って、漁師の目の上にかざすと、ちょっとのぞいてごらんなさいと、漁師に言います。
そこで、ぼく(漁師)は、しぶしぶ、窓の中をのぞきました。そして、ぎょうてんしました。
指でこしらえた、小さな窓の中には、白いきつねの姿が見えるのでした。それは、みごとな、母ぎつねでした。しっぽを、ゆらりと立てて、じっとすわっています。それはちょうど窓の中に、一枚のきつねの絵が、ぴたりとはめこまれたような感じなのです。
(「きつねの窓」)
窓の中の白い母ぎつねは、鉄砲で撃たれた自分のお母さんなのだときつねは、言います。でも、青く染めた指で窓を作ったら、いつでもお母さんに会えるから、さみしくないんだと言うのです。
自分もひとりぼっちだった漁師はこれに感激して、指を青く染めてもらいます。そうして、自分の指で窓を作ってのぞいてみると、むかし大好きだった少女など、懐かしいいものが見えて、嬉しくなってしまいます。
喜んだ漁師は、代金に鉄砲を置いて帰りますが、家に帰った後、いつもの習慣で、うっかり手を洗ってしまいます。きつねに青く染めてもらった指は、元通りに戻ってしまいました。
そして、もう青くない指でいくらひし形の窓を作っても、何ものぞくことができないのでした……。
……と、こういったお話なのですが、いかにも夢で見そうだと思いませんか?
手をうっかり洗ってしまって、せっかく染めてもらった青い指を洗い流してしまう……というところも、まるで夢から覚める時と似たような感じがしますよね。キツネ、化ける、漁師という登場人物は、まさしく、昔話に出てきそうな組み合わせです。
そんな昔話の登場人物に、キキョウの花畑や、指を青く染める、指で作った窓から懐かしいものが見える……という安房さん独自の個性を加え、他に誰もマネできない洗練されたメルヘン世界を作り出しているのです。
安房さんが加える個性が、詩的かつ、美しい独自性を放っているので、人は安房さんの作品を読むと思わず感心してしまうわけですが、それだけではなく、彼女の作品を読むと、とても懐かしい気持ちがします。
その懐かしさは、どこから来るのでしょう。
その秘密は、“安房さんの作品がメルヘンである“というところにあるのではないかと思います。
DNA に組み込まれたメルヘン世界
ここでもう1度、佐藤さとる先生の「ファンタジーの世界」をめくってみると、メルヘンについてこんな風に書いています。
「メルヘンの世界は、人々の心の内面にある共通の非現実を、そのまま外へ持ち出して広げたものと考えられる」
(「ファンタジーの世界」)
人々の心の内面にある共通の非現実とは何でしょう?それは、DNA が覚えている太古の記憶ではないかと思うのです。
遺伝子は、先祖が体験したことや、語ったこと、心に覚えた感動やショックなどを記憶していると言います。その記憶は、無意識化の中に刻まれているのだそうです。
人は、太古の昔から物語を作ってきました。星座に、雷に、風に、まわりのあらゆる自然現象に物語をつけ、意味をつけてきたのです。それが神話であり、昔話となりました。
私達の先祖が、語り継いできた昔話。それもまた、私達の DNA の中にしっかり刻み込まれているのです。
ですから、「人々の心の内面にある共通の非現実」とは、昔話のことではないでしょうか。
私達は、無意識のうちに、共通のメルヘン世界を心の中に持っているのです。だから、メルヘンを読むと、どこか懐かしいような気持ちがするのでしょう。
そう考えますと、メルヘン世界は、ヨガで瞑想をする時に出会う世界ともいえるのではないかと思えます。
瞑想をする時、人は心の中におりていきます。
瞑想をする時に幻想的な世界を体験することもあるらしいですが、それこそは、「人々の心の内面にある共通の非現実」であり、心の中にあるメルヘン世界なのでしょう。
安房直子さんの作品は、どれも彼女の瞑想世界を、美しく描いたものです。
それは、安房直子さん独自の瞑想世界です。けれども、安房さんは、メルヘンの要素を多く取り入れて作品を作りました。だから、安房さんの作品を読むと、独特の美しさの中に懐かしいものを感じるのです。
何度でも読みたくなるのは、その懐かしさのせいなのかもしれません。
安房直子さんの物語は、イライラした時に読むと不思議に落ち着きます。まるで、瞑想をしたら落ち着くのと似ています。
そんな安房直子さんの、“懐かしいのに他の誰もマネできない美しさ”を持った数々のメルヘン作品。安房直子さんの童話集は、ぜひ手元に置いてみてください!
参考資料
- 『ファンタジーの世界』(昭和53年:佐藤さとる著/講談社現代新書)
- 『きつねの窓』(昭和50年:安房直子著/角川文庫)