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今注目のポリヴェーガル理論って?
ポリヴェーガル理論とはステファン・W・ポージェス博士が発表した、画期的な理論で日本語では、多重迷走神経理論と訳されます。
人間は常に周囲の人との関係性をもって生きています。さらに外部環境が安全なのか、危険なのか瞬時に判断しています。社会交流や防衛行動において頭で考えるのではなく、体で感じる能力を持っているのです。そこで重要なのが、自律神経を司る脳神経である迷走神経なのです。
これまで、自律神経は交感神経と副交感神経によって成り立ち、この両者のバランスによってストレスがかかったときの恒常性が保たれていると考えられてきました。ですが、ポリヴェーガル理論では自律神経系を3段階に分類し、その働きによりストレスへの適応を図っていると説明します。
上記の表を見てみましょう。1段階目が「低度の覚醒」(背側迷走神経)です。
感覚の喪失や、感情の麻痺、体が動かなくなるようなゾーンです。怖い思いをしたときに体がすくんだり、動かなくなったりした経験があることでしょう。その時に働いているのが背側迷走神経です。
2段階目が「闘争か逃走」(交感神経)です。
危険な状態のときに、心臓が高ぶり、呼吸が浅く早くなり、筋肉は固くなります。上司から怒られてドキドキしたり、胃がキリキリ痛んだりするなど、毎日どこかで私達も経験していますね。
3段階目が「最適な覚醒」(腹側迷走神経)です。
安心できる誰かと一緒にいるときを想像してください。呼吸は穏やかで視線は合い、柔らかな表情をしていることでしょう。落ち着いた行動を取れる段階です。そしてポージェス博士は3段階目の最適な覚醒のゾーン(耐性の窓=後述)を広げること、ここにとどまるように練習していくことは可能であると指摘するのです。
世界を作り出す3つのグナとポリヴェーガルの関係性
ポリヴェーガル理論ではストレスへの反応が3段階に分かれていると説明されました。でもヨガとどんな関係があるの??って思いますよね。ところが密接な関係があるのです。
1つ目は3つのグナがポリヴェーガル理論で説明されること、2つ目はヨガを通じて耐性の窓を広げて生きやすくなるからなのです。
3つのグナとポリヴェーガル理論
ヨガ哲学では、この世界の全ては3つのグナ(性質)が原理となって作られたと説かれています。
この3つのグナとは、サットバ(純質)・ラジャス(激質)、タマス(鈍質)のこと。→この3つのグナについて、詳しい説明はこちらから。
古くから修行してきたヨギーが探求して成り立っているヨガは、『私達の存在の主観的経験を探求する方法』として提唱された思想です。その古代のヨギーが提唱した3つのグナが科学的に説明されるってすごいことだと思いませんか?
この図を見てみましょう。「あれ??なんだか見たことがあるな?」って思った方はいませんか?そうです。ポリヴェーガル理論における3つの段階はプラクリティの3つのグナに相当すると指摘されています。
プラクリティとは物質すべての原理であり、我々の心や体もプラクリティであり、物質の一部だと云われています。
そのプラクリティは、タマス、ラジャス、サットヴァという基本要素を持っています。
- タマス=低度の覚醒(背側迷走神経)
- ラジャス=闘争か逃走(交感神経)
- サットヴァ=最適な覚醒(腹側迷走神経)
タマスとは不活発な心的状態。恐れや抑うつ、不動性を特徴とします。
興奮した心的状態。怒り、不安、活発性、創造性を特徴とします。
静かな心的状態、満足感、つながり、明晰さを特徴とします。
ヨガをして静かな心になったり、ストレスが軽くなったりした経験をお持ちの方も多いでしょう。ストレスが多い現代社会でヨガが広く受け入れられるのは、タマスやラジャスに傾きがちな生活をサットヴァの状態に戻してくれるからです。
それをポリヴェーガル理論では『最適な覚醒状態、腹側迷走神経を活性化して安定した社会生活を送ることができる一助となっているからだ』と説明します。
さらに迷走神経繊維の80%は身体から脳に情報を送っています。これは心臓と消化器官から脳へ向かう身体への気づき(内受容感覚)の重要な経路となっているのです。ヨガのアーサナ(ポーズ)やプラーナヤーマ(呼吸法)などを行うことで身体への気づき(内受容感覚)が増えることで、気付きが自律神経へと働きかけ、思考と神経経路に変化を起こすと考えられているのです。
そのため、ヨガを行うと体も気持ちも安定するのです。
腹側迷走神経が働いているゾーン=耐性の窓とは?
最適な覚醒領域、腹側迷走神経が働いているゾーンのことを「耐性の窓」といいます。ここに私達がとどまっているとき、効果的に感情と感覚に反応することができます。
耐性の窓を上回ると交感神経が優位となり、不安やパニック、過覚醒といったビクビクして脅威に備える状態になり適切な反応ができない状態となります。逆に耐性の窓を下回る背側迷走神経が優位となると、停止、無感覚といった状態となり、やはり適切な反応ができない状態となるのです。ではどうやって耐性の窓を広げていくのでしょうか?
進化論的にみると社会的交流が必要な哺乳類で腹側迷走神経が発達してきました。他人との交流で安心安全を感じ、適切な交流をとることが耐性の窓を広げるために必要不可欠です。さらに耐性の窓を広げるには窓の辺縁、その端っこのところを知ることが必要なのです。
耐性の窓を広げることができる!?ヨガは有効なプラクティス
耐性の窓を広げるためにヨガが大変有効です。ヨガとは存在の主観的経験を探求する方法として、高い感受性を持つ人々によって提唱された思想です。
そしてヨガは実践者それぞれの身体的・感情的・精神的ニーズに合わせることのできるプラクティスです。ヨガのアーサナ(ポーズ)やプラーナヤーマ(呼吸法)を通じて効果的に自分の心と体を知り、自分の神経系の状態について選択をすることができるのです。
つまりヨガを通じて私達の耐性の窓の辺縁、端っこの部分を探求できるのです。
筆者はトラウマを抱えているクライアント(Aさん)にヨガを指導したことがあります。
Aさんにとって難しいアーサナはウッティタトゥリコーナアサナ(三角のポーズ)でした。トラウマを抱えたクライアントさんは、瞬時にフラッシュバックが起きることがあります。ねじりが加わるポーズでフラッシュバックが起きやすいAさんに少しずつねじりを練習し、痛みと不快感の違いを感じ取ることを一緒にやっていきました。
耐性の窓の辺縁部分を探求したのです。気分が悪いときはすぐにチャイルドポーズでお休みできる環境を整え、簡単なひねりのポーズからすすめていきました。
かなり時間がかかりましたが、今では怖がらずに三角のポーズができるようになりました。耐性の窓が少しずつ広がっていき、過覚醒などの症状も軽減していったのです。
つまり腹側迷走神経の働きが活性化されて、社会的な交流ができ、効果的に感情に反応することができるようになったのです。
今回はポリヴェーガル理論について触れました。社会交流と防衛行動を説明したポリヴェーガル理論は、生理学の研究から発展し心理学者や精神医学にもその考えが応用されています。さらにはヨガにもその考えがひろまりつつあります。
私自身はヨガとポリヴェーガルを勉強し、古代のヨギー達が提唱した3つのグナの理論や、アーサナやプラナヤーマの有効性が現代の科学で説明されていくことに驚嘆を覚えるとともに、ヨガの素晴らしさを再認識しました。まさに腑に落ちた体験でした。今後のさらなるポリヴェーガル理論の研究の発展が楽しみでなりません。
参考資料
- ステファン・ポージェス『ポリヴェーガル理論入門』(春秋社、2018年)
- 浅井咲子『今ここ神経系エクササイズ』(梨の木舎、2017年)
- 津田真人『ポリヴェーガル理論を読む』(星和書店、2019年)
- アン・スワンソン『サイエンス・オブ・ヨガ』(西東社、2019年)