こんにちは!丘紫真璃です。
今回は、超有名なミステリー作家、東野圭吾さんの「ナミヤ雑貨店の奇蹟」を取り上げたいと思います。
東野さんといえば、推理やサスペンスといったイメージが強いと思いますが、この作品は「読んだ後に胸がホッと熱くなる……」そんな作品になっているように感じます。
けれども、とても入り組んだ設定で、謎も多いのに、最終的には全ての伏線をきちんと回収し物語をつなげて完結してみせる腕前は、さすが東野さんといったところでしょうか。
この「ナミヤ雑貨店の奇蹟」とヨガが、どんな関係があるのでしょうか?早速、ナミヤ雑貨店をのぞいてみましょう!
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」とは
作者の東野圭吾さんは、誰もがご存じの通り、日本を代表するミステリー作家です。
江戸川乱歩賞、日本推理作家協会賞長編部門、直木三十五賞、本格ミステリー大賞小説部門、
柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞など、数多くの賞を受賞され、多くの作品が舞台化や映画化、テレビドラマ化されています。
ナミヤ雑貨店の奇蹟は、2011年に角川書店の月刊誌「小説 野生時代」に連載された小説であり、2012年に単行本化され、東野圭吾さんはこの作品で第7回中央公論文芸賞を受賞しました。
この作品もまた舞台化や映画化されていることでもわかる通り、多くの人の心を惹きつける名作です。
時空を超えた悩み相談
物語の舞台は、題名にもなっているナミヤ雑貨店。
何十年も人が住んでいる気配のない廃屋となっている真夜中のナミヤ雑貨店に、3人の強盗が忍び込んできます。この3人はこの廃屋を隠れ家として利用していました。
強盗たちが自分達の隠れ家を調べていると、閉め切られた店のシャッターの郵便口から、1通の手紙が飛びこんできます。それがなんと悩み相談の手紙だったので、彼らは何のことだと当惑します。
そこで、さらに隠れ家を調べてみると、仏壇の引き出しから40年も前の週刊誌が出てきました。
それを読んで、このナミヤ雑貨店を経営していた浪矢雄治というおじいさんが、昔この雑貨店で悩み相談をしていたことがわかります。
相談者が夜お店のシャッターの郵便口から悩み相談の手紙を入れると、おじいさんが朝までに、その返事を店の裏にある牛乳箱の中に入れておく。
そんな仕組みになっていたということも、古い週刊誌の記事でわかります。
しかし、昔は悩み相談をしていたかもしれないけれども、今はもう、おじいさんは亡くなっているのです。ナミヤ雑貨店は見るからに人のいない廃屋にすぎないのです。
そんな廃屋に誰が、いったいどんな目的で、悩み相談の手紙を放り込んだんだろう?しかも、かなり深刻な内容の悩み相談の手紙を……
強盗犯達が、不思議に思いつつ手紙を読んでいくうちに、それがなんと、1979年から届いた手紙……つまり、過去から届いた手紙だということが判明します。
なぜ、この雑貨店の廃屋には、過去からの手紙が届くのか?
不審に思う強盗犯達ですが、過去から届いた深刻な悩み相談の手紙を、どうしても放っておけず、つい返事を書いて、試しに牛乳箱に入れてみました。
すると、牛乳箱に入れた彼らの返事の手紙は、消えうせてしまったのです。
明らかに、過去の人と手紙のやりとりをしている……という超不思議現象に、思わず興奮してしまう強盗達。
ここから、過去と未来という時空を超えた悩み相談のやりとりが展開されていきます。
そして、物語は、過去と未来、様々な人の視点からつむがれていくのです。
どんないたずらの手紙にも真剣に答える浪矢のおじいさん
この物語の中で1番の注目ポイントは、ナミヤ雑貨店の店主であり、悩み相談をはじめた張本人である浪矢雄二さんでしょう。
その悩み相談も、はじめは、店にやってくる子どもからの他愛のない相談でした。
「相談です。勉強せず、カンニングとかのインチキもしないで、テストで百点を取りたいです。どうすればいいですか」
(ナミヤ雑貨店の奇蹟)
それに対して、浪矢のおじいさんは、実に生真面目に答えます。
「先生にたのんで、あなたについてのテストを作ってもらってください。あなたのことだから、あなたの書いた答えが必ず正解です」(「ナミヤ雑貨店の奇蹟」)
どんな悩みにも真面目に返事を書くうち、次第にたくさんの悩み相談が寄せられるようになりました。
そのうちに、真剣な悩み相談も舞い込んでくるようになったのです。
例えば、「両親が夜逃げを計画しているけれども、ついていっていいのか迷っている」という中学生からの手紙とか。
あるいは、大人の女性から、「不倫相手の子を身ごもってしまったが、産むべきか産まざるべきか迷っている…」という内容もありました。
その全てに、浪矢のおじいさんは真剣に返事を書くのです。
中には、いたずらもずいぶんあり、1晩に30通以上のデタラメの手紙が放り込まれていたこともありました。でも、浪矢のおじいさんは、そんな30通のデタラメの手紙にさえも1つ1つ、実にていねいに真剣な答えを書いて返事をしました。
「そんないたずらな手紙は相手にするな……」という息子に、浪矢のおじいさんは答えます。
「嫌がらせだろうが悪戯目的だろうが、『ナミヤ雑貨店』に手紙を入れる人間は、ふつうの悩み相談者と根本的には同じだ。心にどっか穴が開いていて、そこから大事なものが流れ出しとるんだ。その証拠に、そんな連中でも必ず回答を受け取りに来る。牛乳箱の中を覗きに来る。自分が書いた手紙に、ナミヤの爺さんがどんな回答を寄越すか、知りたくて仕方がないわけだ。考えてみな。たとえでたらめな相談事でも、三十考えて書くのは大変なことだ。そんなしんどいことをしておいて、何の答えも欲しくないなんてことは絶対にない。だからわしは回答を書くんだ。一生懸命考えて書く。人の心の声は決して無視しちゃいかん」
(ナミヤ雑貨店の奇蹟)
しかし、そのおじいさんもある事件をきっかけに悩むようになりました。「自分は数々の相談に返事を書いてきたけれど、その返答によって人生が狂ってしまった人がいたのではないか……」と、沈みこむようになったのです。
おじいさんは夜も眠れずに悩み続けますが、死ぬ間際になって、かつて、浪矢のおじいさんに悩み相談をし、そして返事を受け取った人からの感謝の手紙を受け取ります。
その手紙を目にした時、おじいさんは、嬉しそうに息子に言います。
「わしの回答が役に立った理由はほかでもない、本人の心がけがよかったからだ。本人に、真面目に生きよう、懸命に生きようという気持ちがなければ、たぶんどんな回答を貰ってもだめなんだと思う(略)わしの回答で誰かを不幸にしたんじゃないかと悩んでいたが、考えてみれば滑稽な話だ。わしのような平凡な爺さんの回答に、人の人生を左右する力なんぞあるわけがない。全くの取り越し苦労だった」
(ナミヤ雑貨店の奇蹟)
おじいさんは安らかに天国へと旅立っていきました。
悩み相談で真剣なヨガ
例えいたずらの手紙であっても、真剣に考えて返事を書く浪矢のおじいさん。ヨギーそのものだと思いませんか?
おじいさんの悩み相談は、1銭のもうけにもなりません。それでも全勢力を傾けて、おじいさんは返事を書くのです。
相談してきた相手の顔を知りもしなければ、大抵は匿名の手紙なので、おじいさんは名前さえ知りません。どんな人かもわからない赤の他人のために、おじいさんは毎回毎回、全ての悩みに真剣に返事を書くのです。
適当に返事を書いたことなど1度もないと言い切るおじいさんのその姿勢こそ、ヨガの1番大切な教えに深くつながるものでしょう。
ヨガの本を開けば、自分のためとか、自分の損得とかそんなことは一切関係抜きで、人のために尽くしなさいと繰り返し書かれます。
わかってはいてもなかなかできないのが、人のために全力をささげるということだと思いますが、浪矢のおじいさんこそは、ヨガの教えを恐ろしいほど忠実に守りぬいたといえるでしょう。
そして、それは自分の喜びにもつながります。損得を考えずに行っている悩み相談ですが、
思いもかけず、それが妻を失くして1人ぼっちとなったおじいさんの生き甲斐となっていったのです。
おじいさんの返事を受け取った人達は、どの人もおじいさんのアドバイス通りに生きたわけではありません。にもかかわらず、どの人も結果的には良かったなあと思えるような生き方ができたわけは、おじいさんが、自分の悩みと真剣に向き合ってくれたからでしょう。
真剣な返事をもらったからこそ、悩みを相談してきた人もまた、真剣に悩みと向き合い、考えぬいて、どう生きていったらよいか、結論を出したのです。
ところで、廃屋となったナミヤ雑貨店にしのびこんだ強盗達が、なぜ、過去からの悩み相談を受け取ることになったのか?そして、強盗犯達もまた過去からの悩み相談の手紙に真剣に返事を書くうち、どんなふうに気持ちが変わっていったのか?
感動と驚きのラストは、読んでいただくのが1番でしょう。
過去と未来、様々な事情を抱えた人と人のやりとりで、悩み相談を受けた方も、相談する方も少しずつ変わり、自分の人生を生きていく……。
その様子が謎を織り交ぜながら描かれます。
真剣な悩み相談のやりとりの中で変わっていく人々の成長にも注目して、ぜひ読んでいただきたいと思います。
参考資料
- 東野圭吾著 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』角川文庫(2012年)