こんにちは。丘紫真璃です。今回は草野たきさんの「マイブラザー」を取り上げたいと思います。
1999年に作家デビューをして以来、数々の YA 作品※1を世に送り出してきた草野さんの待望の最新作。
10代の少年の葛藤やムシャクシャ、イライラなどを細かに描き、ラストにはそんなムシャクシャを爽やかに吹き飛ばしてくれます。大人の私達も、読んでいると背筋が伸び、前向きに明日も頑張ろうという気持ちにさせてくれます。
そんな10代の少年達とヨガの結びつきを考えていきたいと思います。
- ※1 YA 作品:Young Adult (ヤングアダルト)作品。主に10代の子供でも大人でもない世代に向けた作品。
YA 小説の名手の最新作
作者の草野たきさんは、1999年「透きとおった糸をのばして」で講談社児童文学新人賞を受賞し、作家デビューを果たします。
その後、2001年にこの作品で、児童文芸新人賞を受賞。2007年、「ハーフ」で日本児童学者協会賞を受賞。
その他、「リボン」、「リリーズ」、「グッドジョブガールズ」、「Q→A」「またね、かならず」など、数多くの YA 作品で人気の現役の小説家です。
「マイブラザー」は、そんな草野たきさんの最新作(2022年6月2日時点)であり、中学2年生の男の子の成長物語です。
イラ立ちの毎日
主人公は、中学2年生の石田海斗。友達なし、目標なし、未来への希望なし。ワガママな5歳の弟の面倒をひたすら見る…そんな毎日を送っています。
そんな海斗も、小学生の時は、目標も、未来への希望もしっかりと持っていました。清開学園という私立中学に受験するために進学塾に通い、毎日夢に向かって勉強に励んでいたのです。
ところが、小学6年生の秋。海斗の父親が突然、大企業での研究者の仕事をやめて、千葉で住み込みのパン屋修行をしたいと言い出したのをきっかけに、海斗は中学受験も、進学塾も、やめてしまったのです。
「父親は有名な大学を出て、大企業で研究者として働いている。
それは、中学を受験するうえで海斗にとって、大きな支えだった。
大丈夫。オレは父さんの息子だ。だから、父さんみたいに優秀だ。
海斗はそんな風に自分に言い聞かせて、受験勉強に励んできた。
それなのに憧れの父親は、突然すべてを捨てて、変わってしまった。自らエリートの道を外れ、一家の大黒柱という役割も放り投げて、パン屋になるという夢を追いかけ始めたのだ。
海斗にそんな現実はとても受け入れられなかった。
そんな情けない判断をするような男が自分の父親だったなんて、裏切りでしかなかった。
研究者をやめて、パン職人になりたい?
修行先は、シリコンバレーじゃなくて、千葉県の山奥?
冗談じゃない。やってられるか。受験なんて、やめてやる!」(「マイブラザー」)
中学受験も進学塾もやめて時間をもて余すようになった海斗は、1人で家計を支える母に代わり、5歳の弟、総也の面倒を見るようになります。けれど、ワガママな総也に猛烈にイライラしてしまう毎日。
目標にしていた清開学園の受験をやめ、地元の公立中学に入学した海斗ですが、くだらないヤツらと付き合うなんて時間のムダと思い、友達を積極的に作ろうともしていなかったので、そばにいるのは保育園からの友達である健吾のみ。
しかし、海斗はその健吾にも、イライラしています。
というのも、健吾は小学生までは有名なクラブに所属している元気なサッカー少年だったのですが、中学に入ってからなぜか「サッカーに飽きた」と言ってやめてしまい、“中二病の悩める男子中学生”を名乗って、「生きている意味あんのかなー」なんて、情けないような事をぼやくようになったからです。
「勝手な父親に、わがままな弟に、サッカーのスター選手から転落した幼なじみ。
まったく、今の自分の周りは、残念なやつばかりだ」(「マイブラザー」)
海斗は常にイライラし、心休まることがありません。夜は勝手な父親に対する怒りと不満がふくらむあまり、安眠できないという有様。
その怒りと不満を誰かにぶつけたくても、そんな格好悪いことはできないとためこんでしまっている海斗は、このまま死んでしまいたいとまで思いつめるようになっていきます。
前を向く
そんなイライラの毎日を送る海斗ですが、ひょんなことから保育園の幼馴染である倫太郎と再会します。
それは、海斗が1番会いたくない相手でした。倫太郎は、海斗が目指していた清開学園に通っているからなのです。
清開学園に合格という、自分が放棄してしまった夢を叶えている倫太郎を海斗はまともに見ていられません。おまけに、倫太郎は小さい頃から自分はできるという自慢ばかりするイヤなやつだったので、なおさらです。
(倫太郎は)小さいときから、自慢ばっかりしてくる、いやなやつだった。
ずっと嫌いなやつでしかなかった。
だからこそ、絶対に負けたくなかった。
絶対に……(「マイブラザー」)
久しぶりに偶然再会した時には、まともに話さえできず倫太郎から逃げてしまった海斗ですが、後に倫太郎もまた苦しんでいたということがわかります。
中学に入ってから自分よりできるヤツがいっぱいいて、挫折感を味わって落ち込んでしまったというのです。
また、自称“中二病の悩める男子中学生”だった幼馴染の健吾も、サッカーに飽きてやめてしまったのではなく、ケガによりサッカーができなくなってしまったのだということがわかります。
しかし、そんな健吾も新しい夢と目標ができたと海斗に報告して、海斗を驚かせます。
健吾の両親が、サッカー好きの人が集まるスポーツバーを開くことになったので、そのスポーツバーを手伝って、いずれは自分が継ぎたいと思うようになったのです。
新しい夢を持って輝き出した健吾を見て、海斗の中に新しい思いが沸き上がります。
「なんだよ、オレ。完全に健吾に負けてるじゃんかよ。
ダメじゃん、オレ。
ほんと、このままじゃダメだ。
自分も、健吾みたいに、ヤベーよと言いながら、自分の未来を楽しみだと思えるようになりたい。
嬉しそうに、顔をにやつかせて、これから面白そうだと話してみたい」(「マイブラザー」)
海斗は前に進むために、父親とちゃんと向きあおうと心に決めます。
そして、父親に会いに行き、なぜ研究者の道をやめて、パン屋修行をしようと思ったのか、そのワケを問いただします。
海斗の質問に、ごまかしもウソも一切なく、包み隠さず全てを話してくれた父親。そんな父親の話を聞き、海斗は前に進む覚悟を決めます。
「オレだって自分で選んだ道を、進ませてもらうからな。
今度は、黙ってあきらめたりしないからな」
(「マイブラザー」)
海斗は母親の協力を得て、1度はあきらめてしまった清開学園の受験を目指し始めます。
そしてまた、海斗や海斗の父親の話に刺激を受けた倫太郎も、新たな道に進もうと心に決めて前を向き始めるのです。
5歳児のように
海斗と健吾と倫太郎。3人の少年達が、共通して言っている事があります。
それは、「海斗の弟のワガママな5歳児総也がうらやましい」ということでした。
倫太郎は、総也がワガママを言って大暴れしているところを目撃した時の心境を、海斗と健吾にこう語ります。
「オレ、物心ついたときから、どう評価されるかばっかり考えてたからさ。わがまま言って、こいつはダメなやつだって烙印を押されるのが怖くて、あんな風に暴れて自分を通すことってなかったなあってさ」
すると、健吾が大きくうなずいた。
「たしかに、あいつは、自由だ。自由すぎる。わがままな自分が恰好悪いとか、情けないとか、そういう発想がまったくない」
「そう、それだよ。どう思われているかまったく気にしてないんだよな。オレもあんな風に自己主張できてたら、今頃、こんな風に迷子になってなかっただろうなあ」(「マイブラザー」)
まだ5歳である総也は、まだまだ純真で、ヨガ用語で言えばサットヴァな状態です。
心には煩悩(クレーシャ)はまだまだついておらず、心のままにしゃべり、笑い、行動をします。
もちろん、中学2年生の海斗達が、ワガママな5歳児のようにふるまったら気味が悪いですし、まわりがみんな困ってしまいますが、それでも、海斗達はみんな、総也のように、自分がしたいと思うように行動することが実はとても大切なのだと、それぞれ感じているのです。
はじめ、海斗はまわりの目を気にしすぎて、がんじがらめになっていました。
父親が研究者をやめてパン屋見習いをしているなどという情けない事実を知られたくないと必死になって友達に隠し、不満をぶつけるなんて恰好悪いと母親にも本音を隠して、良い子のふりをして総也の世話をし、1人でひそかにイライラをして心は荒れまくっていました。
そんな海斗の心が穏やかになったのは、母親に本音をぶつけ、父親とまっすぐに向き合って、自分の心をもう1度見つめ直したからでした。
父親がどうだからとかそんなことは関係なく、ただ自分がどうしたいのかということを大切にしたいと思ったのです。
自分の心を知るということ。それはもうヨガそのものです。
『ヨガ・スートラ』には自分の心をコントロールして、感情の波を穏やかにするための方法がたくさん書かれているわけですが、自分の心の波を穏やかにするために、まず1番大切なことは、自分の心を知るということなのです。
自分の心をしっかりと見つめて知ろうとしなければ、自分の心をコントロールなんてできるわけがありません。
まわりに左右されずに、ただ自分というものを信じてぶれない軸を作ること。それは、ヨガそのものだと私は思います。
心が落ち着いた時、世界は不思議なほど変わります。
父親にも、友達にも、弟にも、全てのものにイライラしていた海斗ですが、心が穏やかになってからは、まわりとの関係も変わっていきました。
心は世界を映す鏡だとヨガでは言いますけれども、まさしくその通りなのだと、「マイブラザー」を読んでいたら、とてもよくわかります。
中学2年生の海斗達のまぶしいほどの成長が、読みやすい文章で流れるように語られます。
どんどんページをめくりたくなる1冊ですので、大人のみなさんもぜひ!手に取ってみて下さい。
参考資料
- 『マイブラザー(2021年)』草野たき著 (ポプラ社)