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今抱えている悩みはありますか?
多くの人は、人間関係で何かしらの悩みを抱えています。
ヨガは人生を快適に生きるためのヒントをくれるものです。
当然、人間関係についてヨガではどのように教えるのかと気になる人も多いようですが、ヨガの教典を見ても自分との向き合い方ばかりで、なかなか答えを教えてくれません。
ヨガでは少し遠回りをします。
ヨガを続けていると、不思議と周囲との関係も変わってきます。
今日は、自分に向き合うヨガから周囲の人との人間関係が良くなる流れを考えてみます。
何か上手くいかない時に人のせいにしていないか?
まずは、人間関係が上手くいかない原因を考えてみましょう。
誰でも人は、自分で自分を否定することを避けたいと思います。
何か上手くいけない時に、それを周囲の人や環境の責任にしてしまっていると、本当の原因が分からずに問題を解決することができません。
- 上司がコロコロと指示を変更するから仕事が大変。
- 夫が脱いだ服を床に置きっぱなしにする。
- 子供が何度言っても寝る前に歯を磨いてくれない。
- 友達が私の学歴を下に見てくる。
- 義理両親が頻繁に来るのがストレス。
私の方が正しいことを言っているのに、周りが全く理解してくれない。そう思い続けていると、いつまで経っても変わりません。
自分の敵も味方も自分自身
自分で自分を高めるべきである。自分で自分を陥れてはいけない。自分自身こそ自己の友であり、自分自身こそ自己の敵である。(バガヴァッド・ギーター6章6節)
私たちは、いつも自分自身を分かってくれる理解者を求めています。
問題は、理解者を外に求めていて、自分自身で自分を理解できていないことです。私自身でさえ理解できない自分を、誰が理解してくれるのでしょうか。
夫が服を脱ぎっぱなしにした時に、なぜ私は不快を感じたのでしょうか?
- 私は部屋が散らかっていると不快。
- それを夫にも以前伝えたのに、聞き流された。
- 私の言葉を真剣に聞いてくれない、ないがしろにされたことが悲しい。
- 夫の代わりに片付ける私の手間を考えてくれないのが悲しい。
- 私の価値を認めてもらえていないことが受け入れられない。
よくよく考えると、相手が間違ったことをした事実以上に、自分を大切に扱ってもらえないことが嫌だと感じているのかもしれません。
「私のことを大切にして欲しい。」
その欲求に気が付いた時、自問してみましょう。自分自身は自分の価値を本当に認めてあげられているのでしょうか?
自分を大切にする間違った方法
自分の価値を高めるために、物質的な要求を満たして満足しようとしても根本的な解決になりません。
- 自分に見合った上等な洋服を着る。
- 自分の価値にふさわしいお洒落なレストランに行く。
- 自分磨きにお金と時間を費やす。
それも悪くはありませんが、目に見えるもので証明しないと自分を認めてあげられないのは、まだ不安定です。
心を保つために常に自分へのご褒美を贈り続けないといけません。
本当はそんなことをしなくてもいいのです。ヨガでは、純粋に自分で自分を認めることで安心感を増大していきます。
ヨガで自分に向き合うと自然と不満が弱まる
ヨガの練習の時間を考えてみましょう。純粋に自分自身と対話する時間です。
自分のためにアーサナや瞑想を行って、その時の自分の言葉に素直に耳を傾けてあげます。
- 私は右足ではバランスが取れるのに、左足は弱いんだね。
- 今日は深い呼吸をすると、胸に詰まりを感じる。明日の会議が不安で緊張しているのだな。
- 乱れた髪が気になって集中できないのは、周囲からだらしないと見られるのが嫌なのだな。
自分の身体のこと、自分の心のことを理解してあげるだけでいいのです。無理にそんな自分を愛そうと努力をする必要はありません。
良い、悪いという価値観にとらわれず、今のままの自分を受け入れることが大切です。
『バガヴァッド・ギーター』が説くように、自分自身が1番の理解者であり、自分の良き友です。
自分自身との信頼感や深い友情が築けたとき、友として自分を俯瞰(ふかん)する余裕が生まれてきます。
その余裕が、自分の人生を好転させてくれます。
完璧ではない自分を受け入れる
世界の全てのものは3つのグナ(属性)で出来上がっています。
- サットヴァ(純質):純正で透き通り、明るく軽い。光を通し、正知と結びつく。
- ラジャス(激質):動きに関わる。激しさ、激情、痛み、怒り、欲望。
- タマス(鈍質):鈍い、重い、暗い。無知。苦悩を生む。睡眠。
私たちの心も3つのグナで構成されています。
サットヴァ性の状態は、幸せで今を楽しみ、誰に対しても平等で優しく、穏やかな心の状態です。
ヨガを練習すると、心がサットヴァ性の状態になるのを感じる方が多いと思います。
しかし、ヨガを練習していても、心の中に怒りや執着、嫉妬や嫌悪といったラジャスとタマスの強まった感情が湧いてくることがあります。
そんな時、自分の内側に沸いたネガティブな性質を受け入れることはとても難しいことです。
ラジャスもタマスも存在するのだと受け入れる
常にサットヴァ性だけでいることはできません。3つの性質は必ず存在することを理解しましょう。
キャンドルに例えてみます。
物質であるキャンドルは不透明で重たく、タマス(鈍質)の性質があります。
タマス性のキャンドルに火が灯ると、燃えている炎は熱くラジャス性です。触ると痛みを感じます。
そんなタマスとラジャスが存在するから、キャンドルの周りには光が生まれ、世界を照らします。その光こそがサットヴァ性です。
人間の心も同じです。
怠けたり惰眠を貪ったりとタマス性の性質もあれば、怒ったり嫉妬したりラジャスが高まることもあります。そんな自分だから、より良く生きたいと願い、ヨガに出会うことができました。
当たり前に存在するタマスやラジャスを否定するのではなく、受け入れた上で、自分にとってのバランスを探していくのが人生です。
自分を理解して受け入れると、人にも優しくなれる
自分自身を理解して受け入れることができると、心に余裕ができます。
いつも自分を保つために必死に自分のことを考えていた思考を、周囲に向けることができるようになってきます。
今までも周囲のことを考えているつもりだったのでしょうが、これまでは自分との関係を軸に見ていたかもしれません。
それを、もっと客観的に相手のことを見ることができるようになります。
ヨガでは、他人のことも自分のことのように感じられる状態を慈悲喜捨と呼びます。
人が感覚の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生じる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生じる。(バガヴァッド・ギーター2章62節)
慈:他者の幸せを一緒に喜ぶ
悲:他者の不幸を自分のことのように悲しむ
喜:他者の善行を喜ぶ
捨:他者の悪行に無関心でいる
人間関係の苦しみは、自分と他者を別物だと区別することで生まれます。
自分の利益、他者の利益と区別すること、自分の友達と敵と区別すること、それが大きいほどに衝突が起こります。
『ヨガ・スートラ』に書かれた慈悲喜捨の教えは、自分と他人という垣根を手放すものです。
他者のことでも、自分と同じように感じることができると、心を苦しめるような問題は生まれにくくなります。
この慈悲喜捨を実行するためにも、まずは自分との人間関係を整える必要があります。自分自身にさえ嫌悪感を抱いていれば、他者を受け入れる準備ができていない状態です。
自分を受け入れて心に余裕ができれば、自然と他者のことを受け入れられるようになります。
外の世界との問題も自分と向き合って解決する
人間関係の問題は、どうしても自分の外の存在との関係性なので、原因を他者に押し付けがちになってしまいます。
しかし、自分の心との対話も忘れないようにしましょう。
自分の怒りの原因は、起きている事象ではなくて自分の心にあるかもしれません。
まずは自分自身が自分との関係をよくすることです。
ヨガの時間は、自分と対話する最高の時間です。
自分を知って、自分を受け入れ、自分の親友になりましょう。自分自身が整うと、自然と周囲との関係も良くなってきます。