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身体を使って行うハタヨガはタントラと呼ばれる密教の影響を深く受けています。
そのため、ヨガを理解するためにはタントラの思想を知っていると分かりやすいです。
タントラではアルファベットの M で始まる5つの単語を重要視します。
今回はパンチャ・マカラと呼ばれる、タントラとヨガにとって大切な教えをご紹介します。
パンチャ・マカラが象徴する5つのもの
タントラは、現在のヨガの源流になった教えの1つです。
タントラにはヒンドゥー教タントラと仏教タントラがありますが、どちらも密接に関わっていて、ハタヨガの教えが生まれる時に大きな影響を与えました。
タントラは密教(秘密の教え)なので、とても象徴的で分かりにくい表現を好みます。
その中でも、特に重要視させているパンチャ・マカラ(5つの M)は誤解を呼びやすいものです。
- マッダャ(ワイン、アルコール)
- マムサ(肉)
- マツヤ(魚)
- ムドラー(印・穀物)
- マイトゥナ(性行為)
古典ヨガでは邪道とされているような肉食や性行為を行うということで、タントラは野蛮な教えであると考える人も多くいました。
しかし、現在ではパンチャ・マカラはヨガの神髄を現した象徴であり、実際に野蛮な行為を勧めるものではないと考える人が多いです。
『マハーニルヴァーナ・タントラ』という教典の中には次のように書かれています。
享楽を与え、人々の句を取り除く酒は火、心身に栄養と力をもたらす肉は風、生殖力を増進する魚は水、地上に生じて生命の元となる穀物は地、世界のすべての創造の根源である性交は空である。
この教典を読むと、パンチャ・マカラは世界を作り出す5大要素の象徴であると考えることもできます。
別のタントラ教典である『シヴァ・スヴァローダヤ』によると、5つの要素は体内の5つのチャクラとも関係しています。
- ムーラダーラ・チャクラ=プルッティヴィ(地)=穀物
- スヴァディシュターナ・チャクラ=アパス(水)=魚
- マニプーラ・チャクラ=テージャ(火)=酒
- アナーハタ・チャクラ=ヴァーユ(風)=肉
- ヴィシュダ・チャクラ=アーカーシャ(空)=性交
タントラの考えでは、世界を作り出す5つの要素は人間の体内にも存在します。それぞれの素質を司る5つのエネルギーポイントがチャクラだと考えることができます。
パンチャ・マカラとチャクラ、5つの要素を並べてみるととても興味深いですね。
生殖能力を表す魚はスヴァディシュターナ・チャクラの位置で、性交が表す空は高位のヴィシュダ・チャクラであるのも面白いです。
タントラでは、純粋な生殖能力と、精神的な性行為(合一)を区別していたのかもしれません。
パンチャ・マカラが象徴するヨガの世界観
パンチャ・マカラが象徴する5つの M を具体的に見ていきましょう。
マッダャ(ワイン、アルコール)
古代からインドでは、実際に酒について書かれている聖典が数多くあります。
聖典にはソーマと呼ばれる酒について書かれているものがあり、ソーマは不死をもたらすものとして神々にも飲まれています。
またマッダャは、ヨガの実修によって得られる恍惚感だと考える場合もあります。
ヨガによってクンダリニーが覚醒され超自然的な能力が開発されると、思考の恍惚感を得ることができます。
ヨガによって得られる神秘的な喜びの感覚をマッダャと表現したという説があります。
マムサ(肉)
一般的にマムサ(肉)は自分の舌を食べることと理解されます。
舌を食べる、つまり発言する能力を断つことにより、無駄なお喋りを手放します。
沈黙を守り、内側の自分と対話することがヨガの成功の鍵だと考えられています。
また、マムサ(肉)はあらゆる陸上の動物の能力を表していると考えられます。
『ヨガ・スートラ』の3章では、象のような動物にサンヤマ(瞑想)を行うことで、同様の力が得られると説かれています。
ヨガによって自分へのエゴを弱めて自分自身をゆだねることで、あらゆる動物がもつ能力を受け取ることができるとされます。
マツヤ(魚)
マツヤ(魚)はヨガでは頻繁に登場します。
タントラでは、左右のナーディ(気道)の中を自由に流れるプラーナ(気)をマツヤ(魚)に例えることがあります。
ハタヨガでは、ナーディ(気道)の汚れを取り除いて、エネルギーの流れをスムーズにすることを重要視します。
またマツヤ(魚)は、障害に負けずにひたむきに進むヨガ行者の姿を表していると考えることもできます。
日本でも鯉の滝登りが描かれることが多いですが、激流に負けずに滝を登った限られた鯉が竜になるように、ヨガでも欲や怠慢に打ち勝って修行で真智を得た修行者を魚に例えます。
ムドラー(印・穀物)
一般的にヨガでムドラーというと、ハタヨガの技法の1つ、手印を意味している場合が多いです。
しかし、ムドラーは発行させた穀物の名前でもあります。この特殊な穀物は毒にもなり得ますが、媚薬にもなります。
ムドラーは植物の力でもあり、人が英知を得るための行為としてのムドラー(印)でもあります。
マイトゥナ(性行為)
マイトゥナ(性行為)は、人の身体の土台にあるシャクティ女神(クンダリニー)と、頭頂部に宿るシヴァ神(宇宙原理)の合一を表しています。
タントラやハタヨガでは、大宇宙の精神原理であるシヴァ神と一体になることを目指します。
物質的な世界に囚われてしまった私たちは、自分自身も宇宙原理の一部であることを認識できず、本来与えられた能力に気が付くことができません。
多くのタントラでは実際に性行為を行うことで潜在能力を開発できると考えていました。
ヒンドゥー教のカーマ・スートラや、チベット仏教では、具体的な技法が記された教典が残っています。
しかし、ラージャ・ヨガ(王のヨガ)の流れを汲むハタヨガでは、シヴァとシャクティの合一を厳格なヨガの修行によって目指します。
タパス(苦行)やブラフマチャリヤ(禁欲)を行い、クンダリニーの活性化に耐えられる強い身体を磨いて修行が行われます。
密教だから面白いタントラの教え
今回のコラムでも、1つずつの用語について様々な説を書いています。
密教であるタントラは、象徴的な言葉を使うことでわざと外部から分かりにくくしている側面があり、じっさいに先生(グル)から学ばないと分からないことがとても多いです。
同じ言葉を使っていても先生によって解釈が違うことも多々あります。
タントラと一括りにすることはとても難しく、どのような流派かによっても違いがあります。
例えば、マムサ(肉)は多くのヨガの流派ではマウナ(沈黙)の修行を表していると考えられています。
『バガヴァッド・ギーター』の中でも、マウナはタパス(修行)の1つとして紹介されています。
しかし、インドの一部の密教徒は実際に人の死体を食べて超自然的な能力を得ています。
私たちが行っているヨガは、とても神秘的なタントラの影響を大きく受けて発展してきました。
まだまだヨガについて知らない世界があって面白いですね。