皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回も文学からちょっと寄り道して、NHK の『猫のしっぽ カエルの手』という番組で人気を博したベニシア・スタンリー・スミスさんの本『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』をご紹介したいと思います。
『猫のしっぽ カエルの手』を見たことがあるという方も、かなりたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
イギリス人女性のベニシアさんが、京都の大原の古民家でハーブをたくさん育てながら暮らしているその生活ぶりを撮ったドキュメンタリー番組なのですが、ベニシアさんの暮らしぶりが素敵だと多くのファンを集めました。
そのベニシアさんは何冊かの本も残しているのですが、そのステキな本の中の1つ『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』から、ベニシアさんとヨガのつながりを見つめていきたいと思います。
自然と共生した古民家暮らし
ベニシア・スタンリー・スミスさんは1950年にイギリスの貴族の館で知られるケドルストンに生まれます。
第2代スカーデール子爵リチャード・ナサニエル・カーソンの三女ジュニアナ・カーゾンを母に持つベニシアさんは、イギリスの上流階級の中で育ちました。
日本に移住し、京都の大原の古民家で暮らすようになった頃、テレビ、新聞などのメディアが取り上げ、徐々に人気が出るようになります。そして、2002年に NHK の「わたしのアイデアガーデニングコンテスト」で特別賞を受賞したのをきっかけにハーブ研究家としての仕事もはじめました。
『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』も、そんなハーブ専門家としてのベニシアさんの知識がたっぷりつまった1冊で、様々なハーブの育て方、効能、ハーブ料理などが詳しく掲載されています。
また、ベニシアさんの人生観や古民家での暮らしぶり、ステキなエッセイなども、ハーブ庭園の写真と共に収められているため、ハーブ好きの方はもちろん、ハーブのことをあまり知らない方でも楽しめる1冊です。
貴族社会を抜け出してインドへ
先ほども書いた通り、ベニシアさんのお母様は第2代スカーデール子爵を父に持つ貴族階級で育った方ですが、なんと4回も結婚し、そのたびに子どもを連れて、国内外の様々な場所で暮らしてきたそうです。
そんなベニシアさんのお母様には、幸せになるためには貴族と結婚しなければならないという強い信念がありました。
ベニシアさんは、そんなお母さまの言いつけに従って、1年間上流社会の社交パーティーに参加したそうですが、いつも退屈でつまらなく、窮屈に感じていました。
そして、「本当の幸福とは何だろう?」と、しきりに考えるようになったそうです。
答えを求めて、哲学や東洋の神秘主義、ヨガ、仏教、ヘルマン・ヘッセの小説などを読みふけっても、本当の幸福の意味をつかめなかったベニシアさんは、友人の勧めで、思いきった決断をします。
イギリスを離れ、インドに行くことにしたのです。
ベニシアさんは社交界時代に身に着けていた宝石やロングドレスを全て売り払い、中古のバンでインドへ向かう若者グループの仲間入りをして、道路沿いの村々に止まりながら、陸伝いにインドを目指しました。
そうしてやっと到着したインドで、ベニシアさんは、わずか12歳の若き師に出会います。
ここで私はプレム・ラワットという、わずか12歳の若き師と出会いました。私は人生の意味を問い続けていましたが、その答えは私の心の奥深くに、呼吸のひとつひとつにあるのだと、彼は教えてくれました。地球上での人生は、日々、内なる自己を調整し、人間として成長するためにあるのだと気づかせてくれました。
(『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』)
本当の幸福は外にあるのではなく、自分の内側にあるのだと若き師に教わったベニシアさん。そのインドでの教えが、その後のベニシアさんの人生の基礎となります。
ガーデニングは瞑想
インドで8ヵ月過ごしたベニシアさんは、イギリスに帰る気になれず、何かに引き寄せられるように日本にやってきます。
そうして、日本で2度の結婚生活を送ったのち、最終的には京都の大原の古民家に移り住むわけですが、この大原の古民家がベニシアさんの家として有名ですよね。
ベニシアさんは、大原の古民家で夢だったガーデニングを始めます。
庭で育つのは植物だけではありません。魔法のような自然の力を感じ、理解していく私たちの心も育つのです。庭は安らぎの場になります。心配事も全て消え去り、夢を見ることのできる場所。私にとってガーデニングは、趣味を超えた生き方そのもので、時間を忘れて庭仕事に没頭することもよくあります。
(『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』)
目の回るような忙しい生活の中で、ガーデニングの時間は植物と向き合う心の落ち着くひとときです。
パタンジャリは、『ヨガ・スートラ』の中で、
何でも心を高揚させるようなものを選び、それに瞑想することによって(悟りに近づける)(『ヨガ・スートラ 第1章 39節』)
と書いていますが、忙しい日々の雑用を忘れて、スローペースで植物と向き合い、庭に咲く花の1本1本に目をこらすガーデニングは、まさしく瞑想そのもの。ガーデニングは、瞑想といえるでしょう。
ベニシアさんは、ガーデニング瞑想を日々行うことによって、インドの若き師に教わった、本当の幸福とは自分の内側にあるという答えを絶えず確かめていたのかもしれません。
本当の幸福とは、地球の奇跡を感じること
本の中で、ベニシアさんはこんなことを書いています。
どんな花の素晴らしい香りも、ミツバチをはじめ、私たちの身の回りの多くの昆虫のために創られたもの。もちろん、それを味わう素晴らしい能力を与えられた人間も、花の香りや美しさを楽しめます。この能力は、私たちひとりひとりの心の奥深くに備わっています。夕陽を見て幸せな気持ちになったり、ラベンダーに舞い降りる蝶を見つめて思わず笑顔になりませんか。目を開いて、周りの美しさに気づくことが、心の平安に繋がります。
(『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』)
生きているとどうしてもストレスはたまるし、用事に追われて気ぜわしくなり、疲弊してしまうものです。
けれども、毎朝ガーデニング瞑想を行うことで、心をヨガでいうサットヴァに近い状態に持っていくことができ、身の回りの美しさに気がつくことができるとベニシアさんは言うのです。
そしてまた、サットヴァに近い澄み切った心にすることで、世界の奇跡に気がつくことができると言います。
今朝、大原で目覚めた私は、
この世界に魔法が起きたかと思いました。
すでに空高く昇った太陽が、
私たちを取り囲む山や谷間の深緑に降り注いでいたからです。
きじが緑の田んぼを自由に歩き回り、
草地には初夏の野草が花開いています。
太陽の日差しは暖かく、
散歩をする私の顔に風が優しくそよぎます。
私を包みこむ太陽の輝きと、新鮮な空気と、美しい自然。
それを体に取りこんだら、「地球は私たちの庭なのだ」と実感しました。
(『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』)
太陽が輝き、地球が巡り、大地から緑が育ち、人間である私達が生きていること。
忙しい毎日の中で、そんなことには気にもとめない日々が過ぎていきますが、本当はそれは、とても奇跡的なことなのです。
その奇跡に気がつくことこそが、本当の幸福だということをベニシアさんは教えてくれます。
内なる庭は、私たちの心の奥深くにあります。自分の庭を造るようになってから、人間もハーブと同じように、それぞれ誰かのためになる特別な力を持っているのだと感じます。
それに気づけば、人生は幸せなものになるでしょう。
私は目を閉じて、自分の呼吸を感じるよう意識を向けます。そうやって植物の鼓動が感じる状態になってから、庭に入ります。
奇跡とは何でしょう? 毎朝、目が覚めること、そして呼吸をしていること。心に庭を育てれば、幸せが見つかるでしょう。
(『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』)
この本を読むと、庭に飛び出して、ガーデニングをしたくてたまらなくなります。
ベニシアさんのマネをして、まだ太陽が昇る前の夏の早朝に庭を歩き、ひざをついて草をむしり、庭に育つ緑に目をこらし、ハーブを育てたくなります。
空を見上げ、深く呼吸をし、雲を見つめたくなります。
『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』を開けば、ベニシアさんの暮らしこそが、ヨギーの理想的な暮らしではないかと思わずにいられません。
そしてまた、ベニシアさんの夫梶山正さんによる、ベニシアさんと美しいハーブガーデンの写真がたくさん出てきて、見るだけで癒しになります。
四季折々のハーブの活用法や、ハーブ料理、ハーブシロップの作り方もいっぱい出てきて、思わず試したくなります。
本当の幸福は自分の中にあるという大切なことに気がつかせてくれる貴重な1冊。手元に置いておきたい1冊です。ぜひ、この機会にお読みになってはいかがでしょう。
そして最後になりましたが、6月21日に亡くなったベニシアさんに心からご冥福をお祈り申し上げます。
著 ベニシア・スタンリー・スミス 『ベニシアの庭づくり ハーブと暮らす12か月』
世界文化社(2013年)
著 スワミ・サッチダーナンダ 訳 伊藤久子 『インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガスートラ』めるくまーる(1989年)