みなさん、こんにちは!丘紫真璃です。
今回は、スイスの作家ヨハンナ・スピリ作「ハイジ」をお届けしたいと思います。
日本では、『アルプスの少女ハイジ』のアニメでよく知っているという方の方が多いかもしれません。
いずれにせよ、ハイジといえば、スイスアルプスで暮らす少女だということは、多くの方がよく知っていますよね。
スイスのマイエンフェルトは、ハイジの生まれた村として観光客に人気があり、マイエンフェルトにほど近いハイジ村は、ハイジの世界が体験できる場所として、日本からも多くのハイジファンが訪れました。
そんなスイスアルプスの少女ハイジの物語と、インドのヨガはどのように関係があるのでしょう。
早速ハイジに会いに、スイスアルプスに飛んでいきましょう!
堅実なスイスの女性作家ヨハンナ・スピリ
『ハイジ』の著者、ヨハンナ・スピリは、1829年にスイスのチューリッヒ州郊外で生まれました。
ヨハンナの父は近隣の人々から尊敬されている開業医で、母は牧師の娘さんでした。ヨハンナは、キリスト教信仰がしっかりと根付いた家庭で育ったのです。
そして、ヨハンナ自身、弁護士と結婚し、キリスト教信仰がしっかり根付いた、堅実な家庭を築きました。
そんなヨハンナの真面目で、温かく、堅実なキリスト教徒である性質が、『ハイジ』には、色濃く出ていると私は思います。
50歳になってから子供のための本を書き、1881年に『ハイジ』が出版されます。
その後『ハイジ』は、世界的に人気となり、日本でも愛される児童書となりました。
『ハイジ』の舞台は、スイスのドイツ語圏にあるマイエンフェルトのデリフリ村です。
デリフリ村は架空の村ですが、マイエンフェルト近郊のイェニンス村がモデルになったと言われています。
スイスアルプスの美しさが心に残る名作です。
アルプスでの幸せな暮らし
主人公は、皆さんおなじみのハイジです。
物語の始まりでは、ハイジは5歳の少女。両親はなくなり、母方の叔母デーテに育てられてきました。
しかし、デーテはフランクフルトに奉公に出ることが決まり、奉公先にハイジを連れていけないため、ハイジのもう1人の親戚である父方の祖父に預けようと決心します。
その父方の祖父が、アルムの山のてっぺんに住むアルムおじさん。
ハイジは、”おじいさん”と呼んでいるので、ここでもおじいさんと呼ぶことにしましょう。
おじいさんは、アルムの山のふもとのデルフリ村では、とにかく評判の悪い人でした。
デルフリ村に住むあるおばさんは、おじいさんについて、こんな風に評しています。
「おじいさんは山の上にいて、だれともつきあわないから、どうやって暮らしているのか、知っている人はない。もう長い年月、教会へも足をふみ入れないし、年に一度、ふとい杖をついておりてくると、みなが道をよけてこわがる。灰色のまゆげが、もしゃもしゃつき出し、おっかないひげを生やしているので、まるで、おいぼれたどろぼうのようだよ。さびしい道をひとりで歩いているときに、いき会わなければ、さいわいさ」
(『ハイジ上』)
そんな悪評高いおじいさんですが、デーテがハイジを置いていった後、評判に似合わず、ハイジに思いやり深いところを見せます。
屋根裏部屋につんである乾草をベッドにして寝たいと言ったハイジのために、乾草をうず高く積み上げたり、ハイジのために、ヤギの乳を鉢いっぱいにしぼってくれたり。
さらに、夜、ハイジが乾草のベッドで眠った後、風がはげしく鳴っているのを聞きつけて、「あの子が、こわがっていやせんかのう」と屋根裏部屋にそうっと様子を見に行ったりするのです。
村のウワサとは違ったおじいさんの優しさに見守られ、ハイジはアルムの山の上で、ヤギのおいしい乳やチーズですくすく幸せに育ち、ヤギ飼いのペーターやヤギと共にアルムの山の牧場に出かけて、素晴らしく楽しい時を過ごします。
(牧場に座った)ハイジは、いままでに、これほど気もちがよかったことはありませんでした。そして、金色の日光と、すがすがしい大気と、やさしい花のにおいとを、胸いっぱいにすいこみ、いつまでもここにいたいということだけしか考えませんでした。このほかには、願うことはありませんでした。
(『ハイジ上』)
夏はヤギと共に牧場に行き、秋や冬になると、ヤギ飼いのペーターの家を訪ねて、目の見えないペーターのおばあさんと明るくお話し、アルムの山の上でハイジは、空をとぶ鳥のように幸せな時を送ります。
ところが、ハイジが8つになった頃、フランクフルトで奉公に出ていたデーテおばさんが、訪ねてきます。
デーテおばさんは、フランクフルトで1番のお屋敷で暮らす足の悪い病弱なクララというお嬢さんが、一緒に勉強したり遊び相手になってくれたりする女の子を探しているので、その遊び相手の女の子としてハイジがピッタリだと推薦しておいたと言うのです。
お屋敷の方ではぜひハイジに来てほしいと言っているから連れに来たと言うのですが、おじいさんはすぐに断り、ハイジも行くのを嫌がります。
けれども、デーテは半ば無理やり、ハイジをフランクフルトに連れていってしまいました。
そうして、ハイジのフランクフルトでの受難の日々が始まるのです。
フランクフルトでの日々
足が悪くて車いす生活を送っているクララお嬢様は、とても親切でした。
けれどもハイジは、フランクフルトのお屋敷生活で、激しいホームシックにかかります。
フランクフルトのお屋敷は、窓が高くてカーテンで覆われているので空も見えないし、たまに外出してもあるのは家ばかりで、アルムの山のような緑はどこにもありません。
おまけに、慣れないお屋敷生活で、ハイジに理解のない家政女史のロッテンマイアさんや、いつもあざけるような顔をしている召使のチネッテなどに、「勝手に外へ出てはいけない、クララがお昼寝している間は自分の部屋でじっとしておかなければならない、大人しくしておかなければならない、泣いてはいけない」など、あれもいけない、これもいけないと禁止攻撃を受け、びくびく暮らさなければなりませんでした。
クララとは親友になり、たまに仕事先から帰ってくるクララの父ゼーゼマンさんや、時々訪ねてくるクララのおばあさまなどは親切にしてくださるのですが、ハイジのホームシックは、どんどん深刻になっていき、食事もすすまず、日増しに顔色が悪くなり、夜も眠れず、ベッドの中でそっと泣き暮らすようになりました。
ハイジの顔色が悪いのに気がついて、クララのおばあさまは優しく声をかけてくださるのですが、ハイジは家に帰りたいと打ち明けることができません。
前に、家に帰ろうとした時、ロッテンマイアさんから恩知らずと叱られて以来、家に帰りたいという気持ちを打ち明けたら、大好きなクララや、優しいクララのお父さんや、おばあさまに恩知らずと言われてしまうかもしれないと恐れていたのです。
それで、ハイジがクララのおばあさまにも胸の内を言えないでいると、クララのおばあさまはお祈りを進めます。
神様には何を言ってもいいし、きっと助けて下さるのだ、というのです。
それでハイジは家へ帰してくださいと熱心にお祈りするようになりますが、いくらお祈りしても、全然家に帰れるようにはなりません。
ガッカリしたハイジがお祈りをやめ、ますます元気がなくなったのを見て、クララのおばあさまはこう言います。
「(神さまは)なにが、わたくしたちのためになるかを、ごぞんじです。自分のためにならないことを、していただきたいとねがっても、それはしてくださいません。わたくしたちは、がまんをして、待っていなければなりません。そんなにすぐに、おねがいしてもだめだ、などと思ってはいけません。(略)おまえがそんなに早く『だれもわたしを助けてくれない』と言ってなげくなら、いくらかなしんでもむだです。それは、おまえが、自分から、たすけてくださる神さまを、はなれたからです」
(『ハイジ上』)
素直なハイジは、クララのおばあさまのおっしゃる通り、再び、真摯にお祈りをささげるようになりますが、ホームシックはますますひどくなり、とうとう夢遊病にまでかかってしまいました。
ハイジをこのまま放っておけば、夢遊病で死んでしまうかもしれないとお医者さんに忠告されたクララのお父さんは驚いて、ハイジをすぐに家に帰すことに決めます。
こうして、ハイジは、とうとう家に帰ることができたのです!
このかがやかしい景色の中に立って、うれしさのあまり、ハイジのほおには、あかるい涙がしたたりました。また、故郷にかえしていただいたのです。こんなに美しいもの、考えていたよりもっともっと美しいものが、ふたたび自分のものになったのです。ハイジは、この大きな、りっぱな自然にかこまれて、心からしあわせでゆたかでした。神さまへのお礼も、なんといったらいいか、ことばもみつからないくらいでした。
(『ハイジ上』)
澄んだ目は世界を美しくする
フランクフルトから家に帰って来たハイジは、クララのお父さんからお礼のお金をどっさりもらったため、そのお金で目の見えないペーターのおばあさんに白パンを買ってあげることができました。
ペーターの家は貧しいために栄養が足りず、ペーターのおばあさんは弱っていたのです。
さらに、フランクフルトで文字が読めるようになっていたため、ハイジは、目の見えないおばあさんのために讃美歌を読んであげることができました。
讃美歌を聞いてうれし涙を流すおばあさんの様子を見て胸がいっぱいになったハイジは、おじいさんに向かってこう言います。
「ああ、もし、わたしが一生けんめいお祈りをしたことを、神さまがすぐにききとどけてくださったら、こういうことはできなかったのねえ。そしたら、わたし、すぐにうちに帰ってきて、おばあさんにも、すこししかパンをあげられないし、あんなにすきな詩を、読んであげることもできなかったわ。神さまは、わたしが考えるよりも、もっと、ずっとよく、考えておいてくだすったのね。クララのおばあさまが、おっしゃったとおりになったのね。ああ、あのとき、神さまが、わたしのお願いをきいてくださらなかったのが、いまになってみると、なんとよかったことでしょう。これからは、いつも、おばあさまが教えてくださったとおりに、お祈りをしましょう。そうして、それをきいていただけなくても、神さまをうらむようなことは、しないようにしましょう(略)神さまに忘れられないように、わたしたちのほうでも、神さまを忘れないようにしましょうよ」
(『ハイジ下』)
ハイジのこの信仰は、クララのおばあさまの影響なのですが、キリスト教色がとても根強いですよね。
けれども、この信仰はヨガにも通じるところがあるのではないでしょうか?
生きていれば、辛いことは必ずあります。そういった時にこそ、ハイジ達はお祈りをするのです。もちろん、お祈りをしたからといって、すぐに願った通りになるわけではありません。
それでは、お祈りをする意味は全然ないのではないかというと、そんなことはないわけです。
いつか、きっと、神さまは良くしてくださるから、そのことを信じて、毎日祈り続けるのです。ハイジにとってお祈りとは、希望を忘れないためにするものであり、辛い時の心の支えだと言えるでしょう。
どんなに辛い時でも、神さまを忘れずにいることで、心を平穏に保つことができるのです。
神さまを忘れずにいることで、心を澄みきった美しい平和な状態に保つことができるのです。そのためにこそ、キリスト教徒は、絶えず、お祈りをするのです。
ヨギーが絶えず修行をするのは、やはり、心を平穏な状態に保つためです。心を澄み切った美しい平和な状態に保っておくことは、ヨギーの究極の目標なのです。
澄んだ心はより美しい世界を映してくれるから、そのために、ヨギーは絶えず、修行をするのです。
そう考えた時、ヨギーの修行というのは、キリスト教徒の祈りということと同じだと言えるのではないでしょうか。
ヨガとキリスト教。2つは世界の違うところで生まれたものですが、同じ真理を語っているような気がしてなりません。
ウパニシャッドが「真理は1つだが、見る者はそれをさまざまに語る」と言いましたが、まさにそれは図星でしょう。
ハイジは、澄んだサットヴァな心の持ち主です。
フランクフルトでの苦い経験を経て、アルムの山に戻ってきたハイジのサットヴァはますます特別な輝きを放ちます。
美しい自然は神様が作ったものだとキリスト教では考えますが、ヨガでは、モミの木々や、美しい花々や、ヤギ達や、崖の上を高く飛ぶ鷹達…ハイジが愛するアルプスの山の自然全てに、神が宿っていると考えます。
アルプスの自然に囲まれているということは、神に囲まれているということと同じことなのです。
神に囲まれた場所で、ハイジのサットヴァはより特別な輝きを放ち、周りの人々を幸せにしていきます。
おじいさんも、クララも、クララのお父さんも、クララのおばあさまも、クララのお医者さんも、ヤギ飼いのペーターも、ペーターのお母さんも、ペーターのおばあさんも幸せに変わっていきます。
その様子はぜひ、ハイジの本を開いて読んでみて下さい。
スイスアルプスの高原に思いを飛ばす時間は、とても素晴らしいひとときになると思います。
著 ヨハンナ・スピリ 訳 竹山道雄 『ハイジ上』岩波少年文庫(1986年)
著 ヨハンナ・スピリ 訳 竹山道雄 『ハイジ下』岩波少年文庫(1986年)