白い大きな犬と少女、動物感覚のタイトル

動物感覚~人間は賢いという縛りをほどく~

皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。

今回は、アメリカの動物学者テンプル・グランディンさんの『動物感覚』を取り上げたいと思います。

テンプル・グランディンさんの名前を聞いたことがあるでしょうか?

アメリカでも有名な動物学者で、コロラド州立大学の教授である彼女は、自閉症を抱えながらも社会的な成功を収めた人物として知られています。

自閉症についての理解を広めるために活躍してきたテンプル・グランディンさんは、自閉症だからこそ分かる動物の世界を研究し、世界に発表しました。

『動物感覚』には、テンプル・グランディンさんしか書けないだろうと思われる、めくるめく動物世界のことが鮮やかに描かれています。

今回は、”動物世界を知ること”とヨガはどのようにつながっていくのか、皆さんと共に考えていきたいと思います。

自閉症だからこそ分かる動物研究の第一人者

少女とくまのぬいぐるみの後姿
テンプル・グランディンさんは、1947年アメリカのボストン生まれ。

自閉症がまだまだ社会に広まっていない時代に子ども時代を過ごしたテンプル・グランディンさんですが、小学校時代に良い指導者に恵まれたということもあってめきめきと学力を伸ばします。

そして、1970年にはフランクリン・ピアース・カレッジで心理学学士を、1975年にアリゾナ州立大学では動物学修士を、1975年にはイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて動物学博士を取得しています。

コロラド州立大学では教授を務め、自閉症ならではの視点で動物世界を研究し、自閉症だからこそ分かる動物の感覚を研究した成果を『動物感覚』にまとめました。

この本は、2005年にアメリカで出版されると、たちまち全米でベストセラーとなりました。

動物に関わる人も、動物に関わっていない人も、どちらにも強くオススメしたい1冊です。

自閉症の人は動物に似ている?

草原で向き合う犬と女性
人間は、他の動物に比べて並外れて脳が大きいので、どの動物よりも賢いと一般的に言われますよね。

人間の脳は、動物の脳とどこがどう違うのか、『動物感覚』の中で詳しく説明されています。

そもそも、人間の脳は、3つの脳が重なって出来ています。

1つ目の脳は頭蓋骨の内側の1番下にある「爬虫類脳」と呼ばれる脳。テンプルさんはこの「爬虫類脳」をトカゲの脳と呼んでいますが、それはトカゲの脳とそっくり同じだからです。

このトカゲの脳は、呼吸をしたり、食べたり、眠ったりといった機能を司ります。

2つ目の脳は頭蓋骨の中央にある「旧哺乳類脳」と呼ばれる脳。

「旧哺乳類脳」のことをテンプルさんは、犬の脳と呼んでいますが、犬をはじめ哺乳類は、トカゲの脳と、犬の脳の両方を備えています。

この犬の脳は、仲間と徒党を組んだり、子育てをしたりする能力を司ります。

そして頭蓋骨の1番上にあるのが「新哺乳類脳」と呼ばれるもので、この脳はどの動物もいくらか持っていますが、人間の「新哺乳類脳」は、他の動物に比べて、はるかに大きくて立派です。

この「新哺乳類脳」が、理性や言語を司っているところで、このコラムの文章を考える時も、このコラムを読んでいただく時も、私達は「新哺乳類脳」を使っているわけです。

この「新哺乳類脳」に前頭葉などの重要な機能が収められているわけですが、人間の前頭葉は大きくて複雑な分、ちょっとしたことですぐに故障を起こします。

加齢や、睡眠不足、発達障害などで、前頭葉の機能は動きが悪くなってしまうのです。

けれども、テンプルさんは次のように語っています。

ありがたいことに、人は前頭葉の調子が悪くなっても、頼りになる動物脳がある。実際、頼りになっている。動物脳は人間にとって初期設定状態といえる。だからこそ、動物はさまざまな点で人間に似ているように見えるのだ。動物は人間に似ている。そして人間は動物に似ている。とりわけ前頭葉の機能が標準に達していないときには、似ている。
(『動物感覚』)

前頭葉の特徴

脳とその高さを測る仕草をみせるゴリラの模型
その前頭葉にはどのような特徴があるのでしょう。

私達は普段からたくさんの情報を見たり、聞いたりしています。それも、私達が意識しているよりもはるかに多くのものを見たり、聞いたりしているのです。

けれども、人間は物を見ているようで見ていません。

見ていることは見ているのですが、自分の見たもの全てを意識しているのではないのです。無意識に見ているものもたくさんあるのです。

「まぎれこんだゴリラ」という有名な実験があります。

ある人達に、バスケットボールの試合の映像を見せ、1試合で、1チームが、何回パスを出したのか数えて下さいと言います。

すると、その映像の中にゴリラの着ぐるみを着た女性が現れてくるのです。

ゴリラの着ぐるみを着た女性なんて見逃すはずないと思いますよね。ところが、実験の後、半数の人がゴリラに気がつかなかったことがわかりました。

パスの方に注意を払っていたため、ゴリラに気がつかなかったのです。

人間の目はゴリラを確かに見ていたはずです。その映像をじっくり見ていたんですから、ゴリラが現れた所だって確かに見てはいたのです。

けれども、意識には残りませんでした。

これは、前頭葉がよく機能している人間の特徴なのだとテンプルさんは言います。

つまり、人間は意識して気づいている以上にたくさん知覚していることがわかっている。ロック博士とマック博士によると、不注意による見落としは頭脳処理の高度なレベルで起きる。つまり、脳はなにかを意識に送りこむ前に、数多くの処理をおこなっているのだ。ふつうの人の脳は知覚情報が入ってくると、その正体を突きとめ、それからようやく、人に情報を伝えるかどうかを、その重要性によって決定する。
(『動物感覚』)

バスケットボールの試合を観戦している時、試合に関係ないと脳が判断したものは無意識の間に脳がふるい落としてしまうのです。

ゴリラはバスケットボールの試合に何も関係のないものですから、脳がふるい落としてしまったのでしょう。

ところが、前頭葉がうまく働いていない自閉症の方や動物の場合は、無意識の間にゴリラをふるい落とすということはありません。

自閉症の人と動物はちがう。ふるい落とすことができない。身の回りの何千億という詳細な知覚情報が意識の中に入り込んできて、圧倒される。(略)
動物と同じように世の中を体験している自閉症の人は少なくない。いや、ほとんどがそうだと私は思う。めくるめくような大量のこまかい情報だ。自閉症の人は、ほかのだれもが見たり、聞いたり、感じたりできないものを、見たり、聞いたり、感じたりしているのだ。
(『動物感覚』)

動物の天才

湖を飛び立つ鳥の群れ
自閉症の中には、サヴァン自閉症というある分野で並外れた才能を見せる人々がいますよね。

桁違いの暗算を一瞬でやってのけたり、生まれた日の曜日を一瞬で言い当てたり、本に書かれていた文章や円周率などを暗唱できたり、航空写真をちょっと見ただけで事細かに描き起こすことができることのできる人々です。

そういったことは、ふつうの人がいくら教わったって、できることではありません。

こういったサヴァン自閉症の能力は、ふつうの人なら前頭葉がふるい落としてしまう大量の細かい情報を利用して開花したものではないかと言われているそうです。

そして、動物が示す驚異的な才能もまた、サヴァン自閉症と同じようにして開花しているものではないかとテンプルさんは推測しています。

例えば、渡り鳥は数千キロにおよぶ渡りの経路を、たった1回飛んだだけでバッチリ記憶してしまいます。

鳥は生まれつき、この経路を知っているわけではありません。鳥は、渡りの経路を教わって学ばなければならないのです。

人間だったら、何の目印もない大海原の上を、たった1回飛んだだけで完璧に記憶するなんて不可能ですよね。

けれども、鳥は脳がクルミほどの大きさしかないのに、これができるのです。

人間がふるい落とさずにはいられない海の微妙な色の変化や、音、匂いなどの細かくて大量の情報を利用して、道しるべを見つけ出し、間違えずに渡っているのでしょうか。

いずれにせよ、人間にはマネできないことであることは間違いありません。

トウブハイイロリスは、何百個もの木の実を1コずつ別々の場所に隠して、それを全部覚えています。

こんなことができる人間が他にいるでしょうか?

家のカギをどこに置いたのかもしょっちゅう忘れてしまうというのに、絶対できるわけがありません。

けれども、トウブハイイロリスは、人間がふるい落とさずにいられない木の微妙な質感の違いや、葉っぱの違い、辺りの匂いなどの大量の細かい情報を手がかりに、クルミの場所を完全に記憶しているのでしょう。

もう脱帽としか言いようがありません。

テンプルさんに言わせるとこういった人間が叶わない動物の能力は数えだしたらキリがないほどだと言うのです。

動物達には、人間が叶わないような鋭い嗅覚や、視覚、聴覚で世界を感じることができ、しかも、そういった鋭い知覚から得た情報を、1つもふるい落とさずに、全て意識することができるのですから、動物達の感じている世界の素晴らしさは、到底、人間が理解できるものではありません。

長年、動物とともに暮らしていながら、私たちが動物の特殊な才能に気づかない理由は簡単だ。その才能が見えないのだ。ふつうの人は動物がもっている特殊な才能をもっていないから、どこに目をつけたらいいのかわからない。動物がなにか賢いことをするのを眺めていても、見ているものの正体がわかっていない。動物の天分は肉眼では見えないのだ。
(『動物感覚』)

テンプルさんは、自分もまた動物の才能は全然わかっていないのだと続けます。それでも、当たり前のように前頭葉が働いているふつうの人よりも、より動物に近い自閉症だからこそ、見えてくる動物の才能があると言います。

ふつうの人が自閉症の子どもを、「自分の狭い世界に閉じこもっている」と判で押したようにいうのを聞いて、いつもなんとなくおかしくなる。動物を相手にしばらく仕事をしていると、ふつうの人にも同じことがいえるのがわかってくる。彼らがほとんど受け入れていない広大な美しい世界があるのだ。たとえば、犬は私たちには聞こえない音域の音を聞いている。自閉症の人と動物は、ふつうの人には見えない、あるいは見ていない視覚の世界を見ている。
(『動物感覚』)

ここまで読むと、人間が動物よりも賢いという思い込みが、いかに間違っていたかよくわかります。

ゾウの家族は何週間も離れ離れになることがありますが、ちゃんと待ち合わせをして、また間違いなく落ち合うのだそうです。

ゾウが、何キロメートルも離れていながらどうやって待ち合わせをしているのか、長い間、わかっていませんでした。でも、今では、ゾウ達が人間には低すぎて聞こえない音で吠えあって、連絡を取り合っていたのだということがわかっています。

人間の頭の上で、ゾウ達が連絡を取り合っていても、人間にはそれがわからなかったのです。

また、人間だけが言語を操るとよく言われますが、それも間違いだとわかっています。

プレーリードッグは、名詞と、動詞と、形容詞があるプレーリードッグ語で鳴きかわしあい、危険を知らせあうのだそうです。

プレーリードッグだけではありません。クジラや、犬、鳥など、他の様々な動物達が、音楽で意思伝達をしあっています。

音楽を楽しむのは人間だけではありません。人間よりもはるか昔から、鳥は優れた音楽をさえずってきました。人間は鳥から音楽を教わったのです。

ベートーヴェンの「運命」と同じ節を歌っているムナジロモリミソサザイがいたそうですし、鳥は立派なソナタを作曲するそうです。

動物もまた芸術を楽しむのです。

さあ、こうなってみると、いったい人間が動物よりも優れているところはどこにあるというのでしょう?

テンプルさんの言う通り、人間は動物の賢さが少しもわかっていないのです。

『動物感覚』は、人間の方が賢いという私達の中に根強くある縛りを気持ちがいいくらい見事にスルスルとほどいてくれます。

動物の才能がすごすぎて、私達には到底理解できないのだということを知ることこそ、動物感覚の世界を知る第1歩だと言えるでしょう。

ヨガの目的は縛りから自由になることにありますが、人間の方が賢いという縛りから解放されて自由になった時、私達は、そのめくるめく動物感覚の世界をほんの少しだけのぞき見ることができるのです。

人間もかつては動物だった。そして人間になったときに、なにかを捨てた。動物と友達になればそのいくらかでも取りもどせる。
(『動物感覚』)

『動物感覚』を読むと、私達のすぐそばにいる犬や猫、牛や馬、空飛ぶ鳥達の様子に目をこらしたくなります。

彼らをよく観察し、彼らの世界を知りたくてたまらなくなります。

動物を飼っている全ての人、そして、動物を飼っていない人もぜひ、1度、この本を手に取ってみて下さい。

動物と自閉症の方々を見る目が確実に変わることをお約束いたします。

参考文献:『動物感覚(2006年)』著テンプル・グランディン キャサリン・ジョンソン
訳 中尾ゆかり(日本放送出版協会)