草花の中に佇む野生のうさぎ

グレイラビットのお話~1番サットヴァな世界~

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。

今回は、『グレイラビットのおはなし』の作者として有名なアリソン・アトリーを取り上げたいと思います。

『グレイラビットのおはなし』を子どもの頃に読んだことがあるという方は、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

ピーターラビットほど有名ではないかもしれませんが、日本でも、グレイラビットの登場人物たちのぬいぐるみや、グレイラビットの挿絵付きのポット、マグカップや、マットなどが販売されています。

物語を読んだことはなくても、1度はその挿絵を見たことがあるという方は、たくさんいらっしゃると思います。

グレイラビットは、ピーターラビットに継ぐイギリスが生んだ傑作ラビットの物語と呼ばれたりしたそうですが、そんな可愛いグレイラビットの世界と、それを生み出したアリソン・アトリーという作家、そして、グレイラビットとアリソン・アトリーとヨガをつなぐものについて、今回は、みなさんと考えていきたいと思います。

アリソン・アトリーと生家のキャッスル・トップ

ダービーシャー地方の景色

アリソン・アトリーは、1884年12月17日に、ダービシャーピーク地方の南の境界沿いの丘の上にあったキャッスル・トップ・ファームで生まれます。

キャッスル・トップ・ファームは、石造りの古い農家で、アリソンは、そこで父母、弟1人、作男達や手伝いの娘などと一緒に、外の世界とほとんど遮断されて育ちました。

アリソンは、幼い頃から、キャッスル・トップの農場とそれを囲む緑の丘や森を非常に愛していて、まるで自分の手のひらの模様を知るように、森や丘のすみずみまでよく知り尽くしていたと言います。

その様子は『農場にくらして』という物語になっていますが、キャッスル・トップを囲む緑の自然は、子どもの頃から常にアリソンの慰めでした。

アリソン自身、子ども時代を振り返って、こう書いています。

怒られたりするのは本当に悲しかったし、いろいろとささいな出来事で、落ちこむこともよくありました。でも、そんなときには、丘の斜面を走り下りていって、大地に身を投げ出し、やわらかな草の上に寝っ転がりさえすればよかったのです。すると、大人たちから受けたあらゆる侮辱や傷にも耐えられる、そんな気持ちになりました。

『アリソン・アトリーの生涯』

森の中はウサギや、リス、ハリネズミ達が遊ぶ楽しい場所であったと同時に、イタチやテンなどが隠れ潜む恐ろしい場所でもありました。

森に囲まれた古い石造りの農場の中で、感性豊かなアリソン少女は、妖精などがあちこちにひそんでいることを感じ、それと同時に、ゴブリンや幽霊のような恐ろしいものも闇の中にひそんでいることを感じて、怖がっています。

キャッスル・トップは、後年のアリソンの物語の要素となった全てが詰まっていたと言える場所だったのです。

アリソンは成長すると、キャッスル・トップを離れ、学問をするために町へ出ていきました。

そして、その後はキャッスル・トップで暮らすことはありませんでしたが、彼女の中で、常にキャッスル・トップは大切な場所であり続けたのです。

辛い現実生活と夫の死

薄暗い図書室の机に広げられたノートとペンとインクつぼ

中学校を出たアリソンは、奨学金を得てマンチェスター大学で物理を学んでいます。

感性豊かだった少女の興味は科学的なものに移っていき、そこでの才能は素晴らしく、優秀な生徒だったようです。

ケンブリッジ大学で1年間研修をした後に、ロンドンで女子中学校の教職につきました。

アリソンは、非常に優秀な頭脳を持つ知的な科学者でもあったのです。

そんなアリソンは、教職についてから3年後、ケンブリッジ時代の友人の兄であるジェイムズ・アトリーと結婚します。

結婚をして、教師の仕事をやめたアトリーですが、残念ながら、幸せな結婚生活を送ったとは言えなかったようです。

ジェイムズ・アトリーは詩人の心を持つ感性豊かな人だったのですが、同時にとても繊細で神経質な一面もあったようです。

精神的に不安定になりがちなジェイムズ・アトリーは、第一次世界大戦に兵隊として行った後に、さらに精神を病んでしまい、躁うつ病のような症状を発症して、突然、仕事を辞めてしまったりしました。

そして、最後には自殺してしまったのです。

夫が躁うつ病のような症状を発症したり、突然仕事を辞めてしまったりと不安定だった頃、アリソンは、物を書きたいという意欲に掻き立てられます。

そうして、彼女が書き出したのは、幼い子供時代をもとにした『農場にくらして』という作品や、キャッスル・トップを舞台にした『グレイラビットのおはなし』でした。

『グレイラビットのおはなし』は、キャッスル・トップの森や丘が舞台になっていて、森に住んでいたウサギやリス、ハリネズミ達が主な登場人物となっていますが、こうした物語を書くことが、アリソンの慰めとなっていたのです。

アリソン自身、こう書いています。

私は、書くという行為に、不思議な興奮と幸せを見いだしていた。私は、自分の頭のなかにある世界へと入り込み、そしてそれを外へ引っぱり出そうとした。これまで自分が見聞きしたものたちが、ありありと、またくっきりと浮かび上がってきた。まるで、こうして思い出されるのを、戸棚に隠れて待っていたかのようだった。

『アリソン・アトリーの生涯』

まず、出版されたのは『グレイラビットのおはなし』でした。そして、これは大成功を収めます。

1番サットヴァな世界

公園の樫の木

夫のジェイムズが自殺したのは、『グレイラビットのおはなし』の最初の物語が出版されて、まもなくでした。

アリソンは深く傷ついていますが、1年あまりたった頃、突然、重要な転換点が訪れました。

それは冬の景色の中、近くの公園を歩いていた時のことでした。

その時のことを、アリソンはこう書いています。

私は樫の木に寄りかかり、小さな祈りを捧げた。この木に、愛情と力を感じていた。ライムのあたたかな赤い蕾に口づけると、まるで生きているよう。冬の日差しのなか、それは本当に美しくて、大自然が、私に話しかけているようだった。そこにあるのは、育っていくものの香り……私は幸せでいっぱいになった。これが生きていくことの喜びと力を感じることができた最初の日だった。それを強烈に覚えている。森のなか、昇る太陽とともに、私は目が覚めたような気がした。

『アリソン・アトリーの生涯』

自然を深く感じることで慰めを見出していったアリソンは、太陽と影、花や木々のことを熱心に日記に記し、こんな風にも書いています。

ああ、人生よ! 人生とは、なんて愉快なものだろう! 私は、本当に人生を愛している。それに、私の体に波打つ、この野生の感覚も。

『アリソン・アトリーの生涯』

アリソンは常に自然の中に慰めを見出すことのできる人でした。

アリソンだけでなく、人は誰でも森の中に入っていくと、落ち着いて平穏な気持ちになれますよね。

辛いことがあった時、空を見上げると慰めと生きる力をもらうことができますよね。

人がそうした気持ちになるのは、いったいどうしてなのでしょう。

もしかしたら、それは、自然の中に入っていく時、人は野生の感覚を思い出すからなのかもしれません。

それはつまり、原始の感覚を思い出すということなのかもしれません。

ヨガでは、サットヴァという言葉があります。

これは幼いものとか、純粋なものと訳されますが、地球に初めて生まれた原始の人々が持っていたものと言えるのではないでしょうか?

緑の自然に囲まれて、まだ何も知らず、文化も持たず、ただ緑の中でひたすら生きていた原始の人たちは、サットヴァな状態だったのではないでしょうか。

生まれたばかりの幼い子どもは、最もサットヴァだと言われます。

それは、生まれたばかりの幼い子どもは、まだ文化も持たず、何も知らず、地球に初めて生まれた原始の人たちにとても近いからではないでしょうか?

木々や花を見つめ、自然の中に浸る時、私達はそのサットヴァな心を思い出します。

そうした時、私達は最も深い幸せを見出すことができるのかもしれません。

アリソンは、木々や花や森の中から、原始の心を見出すことができる人でした。彼女は、そこから常に生きる力を見出して、復活をしてきたのです。

そしてまた、幼い頃に愛した深い森に囲まれたキャッスル・トップを舞台にした物語を書きつづけることで、アリソン自身、真の慰めを見出してきたといえるでしょう。

夫が精神不安定であったり、自殺してしまったりと苦労をし続けていた時に、『グレイラビットのおはなし』を書きたくなったのは、アリソン自身が、自分の中にある1番サットヴァな世界を求めたからかもしれません。

キャッスル・トップの深い自然を舞台にした『グレイラビットのおはなし』は、まさしく、アリソンの中にある最もサットヴァな世界を見事に書き表したものだと言えるでしょう。

キャッスル・トップの深い緑の森、そこで遊んでいたウサギやリスやハリネズミが登場人物となり、愛らしく、勇敢に、時に悩みながら生きて、冒険をする『グレイラビットのおはなし』。

物語の中で、グレイラビットは夜の森に飛び出していく時にこんな風に感じています。

どこもかしこも、白々とした銀色でした。木の葉や、草の葉はキラキラ光り、そこらじゅうから立ちのぼる、たくさんのあまいにおいで、グレイ・ラビットの小さい鼻のあなは、ピクピクしました。
なんて気もちがいいんでしょう!
森のなかに、オオカミのようにひそんでいるイタチはこわいと思いましたが、グレイ・ラビットは、あたりのようすが、あまり美しいのがうれしくて、おもわず宙がえりをうち、さかだちで立っていなくてはなりませんでした。だって、じぶんが、とても若々しくて、自由だという気もちになれたんですもの!

『グレイラビットのおはなし』

これはアリソンが自然の中で常に感じている喜び、原始に帰った時の喜び、サットヴァな心に帰った時の大いなる喜びそのものだったでしょう。

アリソン・アトリーは、誰の心の中にもあるサットヴァなものをつかみ、それを物語にするだけの知性と鋭い感性を持ち合わせた人でした。

だからこそ、世界的に成功する『グレイラビットのおはなし』を書くことができたのです。

そして、私達がそのかわいらしく、愛らしい物語を読む時、やはり、私達自身の中にあるサットヴァなものが刺激されて、とても深い癒しを感じることができます。

『グレイラビットのおはなし』は文庫版もありますが、マーガレット・テンペストの名画がふんだんに楽しめる絵本版がオススメです。

子どもだけでなく、大人の方もぜひ、『グレイラビットのおはなし』を楽しんで下さい。