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ヨガの勉強をしていると、『ウパニシャッド』という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。
何やら、古代の教典らしいというイメージはありますが、実際に読んだことのある人は少ないのでしょうか。
今回は、ヨガ哲学で耳にするウパニシャッドとは何かを簡潔にまとめてご紹介します。
ウパニシャッドはインド哲学の奥義書
まずは、そもそもウパニシャッドがどのような教典なのかをご説明します。
ウパニシャッドを理解するためには、インド思想の1番根元にある『ヴェーダ』を理解していると分かりやすいです。
ヴェーダはインドで最も古い聖典で、シュルティ(天啓聖典)と言われています。
シュルティは、古代の聖者たちが瞑想状態に置いて神々から与えられたものだと言われています。
非常に宗教的要素の強かったヴェーダですが、そこから哲学を発展させ、理論的に考察されているのがウパニシャッドです。
ウパニシャッドはヴェーダンタと呼ばれる哲学学派の経典です。
ヴェーダンタは、「ヴェーダの末尾」という意味があり、
「近くに座る( upa‐ni‐sad)」から来ていると言われています。
また、古代インドでは全ての教えが師から弟子に口承で伝えられてきたことから、ウパニシャッドはしばしば「奥義書」と言われます。
師の近くに座り、教わることのできるもの(叡智)を表していると考えられます。
知識こそが力だと考えるウパニシャッド
古代インドで最も権威のある聖典ヴェーダには、全ての知識が詰まっていると考えられています。
そのヴェーダからは、主に2つの流派が派生しています。
ヴェーダンタ学派:ヴェーダを哲学的に解き明かす
ミーマンサー学派:ヴェーダの祭式的な部分を研究する
ミーマンサーでは、儀式の遂行こそが大切だと考え、あらゆる儀式について研究します。
それに対してヴェーダンタでは、世界を正しく理解することで真理に到達することができると考えます。
108つのウパニシャッド
ウパニシャッドは1冊の教典ではありません。
数千年にわたって研究され続けているヴェーダンタ哲学の膨大な知恵をまとめたものであるため、とても多くの文献が含まれています。
一般的には108つのウパニシャッドが存在すると言われていますが、書かれた時代も高域なため、その時代ごとに特徴があります。
初期ウパニシャッド
『ブリハッド・アーラニヤカ』『チャーンドーギヤ』『タイッティリーヤ』など。
中期ウパニシャッド
『イーシャー』『カタ』など。
後期ウパニシャッド
『マーンドゥーキヤ』『マイトリ』など。
後期ウパニシャッド以降もウパニシャッドは作られ近年にまで及びますが、それらは「新ウパニシャッド」と呼ばれ、ヴェーダ時代のものとは区別され、よりヒンドゥー教の影響を受けたヨガ的な教典が多いです。
ウパニシャッドの教え「梵我一如」
108つの文献があり、時代も広範囲にわたっているためウパニシャッド教典の教えにはしばしば矛盾点も見つけることができます。
しかし、すべてのウパニシャッドは最も大切な1つの真理を軸にしています。
それが梵我一如です。
「梵」は、宇宙全体の根源であるブラフマンを意味しています。
そして「我」は個人の根源であるアートマンです。
梵我一如の教えは、私たち個人の本質は宇宙そのものなのだということです。
別々に存在しているように見える、全てのものはたった1つのブラフマンであるというヴェーダンタ哲学の理論を「一元論」と呼びます。
自分と宇宙が同一であることを知ることによって、私たちは最高の悟りを得ることができると考えられています。
ウパニシャッドの中の偉大な4つの格言
膨大な文献群であるウパニシャッドですが、その中でも最も重要な格言をマハーヴァーキャス(偉大な言葉)と呼びます。
1一つずつご紹介します。
Tat Tvam Asi(汝はそれである)
『チャーンドギャ・ウパニシャッド』に含まれている、最も有名な言葉です。
この言葉は、父親が息子に真理を説く会話の一部です。
父親は、ブラフマン(それ)を榕樹(ガジュマル)の種に例えました。
目の前にはとても小さな種があり、その中に全てが詰まっていて、巨大な木となります。
例え魔に見えないほどの小さなものの中にも、全ての根源が詰まっている。
それこそがアートマン(個の本質)であり、サティヤ(真実)である。それが汝であると言いました。
種子の中には全ての要因が含まれています。
そこから芽が出て、根が張り、幹が出て枝が伸び、葉が茂って花が咲き、時期に果実が実ります。
この瞬間に見えていなくても、全ての要因が全て含まれているもの。
それこそがブラフマンであり、私自身も、あなたも、全ての本質はブラフマンなのだと解きました。
Ahaṁ Brahmāsmi(我、ブラフマンである)
『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』という、やはり最古のウパニシャッドに含まれる格言です。
こちらも、Tat Tvam Asi と意味は同等です。
自分自身がブラフマンそのものなのだ。
それは自分だけでなく、人間もあらゆる動物も、植物であっても同じだと考えられています。
Prajñānaṁ Brahma(叡智がブラフマン)
『アイタレーヤ・ウパニシャッド』に含まれる1節です。
ヴェーダンタ哲学では真実の知識が最も重要視されます。
自分自身が誰かを知ることこそがゴールであり、真実に気がつくことさえできれば全てを得ることができます。
その叡智こそがブラフマンなのだと考えます。
Ayam Ātmā Brahma(アートマンはブラフマン)
『マンドゥーキャ・ウパニシャッド』の中に含まれている言葉です。
マンドゥーキャ・ウパニシャッドは AUM(オーム)の聖音について解説されている教典です。
アートマンは個々に持っている本質ですが、実は宇宙全体の原理であるブラフマンに含まれていて、さらにアートマンとブラフマンは同意です。
全ては1つであり、1つは全てだと言い換えることができます。
ヨガに身近な教えもウパニシャッド発
4つの格言は、あまりに深い真理すぎてなんだかピンとこない方もいるかもしれません。
しかし、ウパニシャッドの中にはヨガ哲学でお馴染みの教えもたくさん含まれています。
例えば、人間を馬車に喩える説は、『カタ・ウパニシャッド』という教典の中に書かれています。
このウパニシャッドでは、死神が若者に対してヨガと世界の真理を説くという変わった教典です。
その中で、人間を馬車に喩え、感覚器官によって見たものに翻弄されず、理性によって人生を歩む大切さを教えてくれています。
また、ヨガで頻繁に使われる5つのコーシャ(鞘)は『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』の中に書かれています。
身体という物質的な自分から、徐々に内側の深い自分を探す旅は、まるで玉ねぎの皮を1枚ずつ捲るようなものです。
1番奥にある自分の本質に出会うまでに、どのような層があるのかを教えてくれます。
ヨガの原点から新しい学びを探してみましょう
ウパニシャッドは、とても学術的な教典なので自力で読もうとしても非常に難しいかもしれません。
しかし、その中には現代のヨガに生かされている沢山の叡智が詰まっています。
身近な教えから少しずつ触れてみることで、ヨガへの理解が一気に深まります。
もっとヨガを深めたい!と思っている人は、ウパニシャッドについて解説している本を探してみるのもおすすめです。