皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、アメリカの絵本作家ロバート・マックロスキーの『すばらしいとき』を取り上げたいと思います。
表紙には、ヨートに乗って青い海をこぎ出していく2人の女の子達の姿がいっぱいに描かれており、表紙を見ているだけで、夏の海を前にするワクワクウキウキするような、楽しい気持ちでいっぱいになってきます。
そんな『すばらしいとき』を描いたロバート・マックロスキーは、『カモさんおとおり』や、『ゆかいなホーマーくん』、『サリーのこけももつみ』など、数々の名作絵本や、創作童話を手がけており、イラストレーターとしては挿絵もたくさん描いています。
そんなロバート・マックロスキーの『すばらしいとき』と、ヨガのつながりを考えていきたいと思います。
2度目のコールデコット賞
作者のロバート・マックロスキーは、1914年9月15日、アメリカ合衆国のオハイオ州ハミルトンで生まれます。
ボストンで壁画制作の仕事につきますが、その時、仕事の行き来で通るパブリック・ガーデンで、かもの親子の行列が自動車の流れを止めるのを見て、『かもさんおとおり』の絵本を作りました。
日本でもその絵本なら知っている!という方、多いのではないでしょうか。
この『かもさんおとおり』で、1度目のコールデコット賞を受賞します。
その後結婚し、子どもをもうけたロバートは、メイン州のペノブスコット湾の美しい入り江が浮かぶ小島に居を移します。
そして、メインの自然の中で、『サリーのこけももつみ』、『メインのある朝』、『バート・ダウじいさん』、『すばらしいとき』などが生まれました。
この『すばらしいとき』が、2度目のコールデコット賞を受賞します。
実際、『すばらしいとき』は、2度目のコールデコット賞にふさわしい名作絵本だと、私も心から思います。
島の夏を五感で感じる
『すばらしいとき』は、ロバートの自宅のあるメイン州のペノブスコット湾の小島のひと夏を描いた物語です。
主人公の女の子達は、夏の避暑休暇でこの島を訪れたということになっておりますが、絵の中にいる2人の女の子達に語りかけるような形で、物語は語られていきます。
冒頭を引用してみましょう。
ペノブスコット湾の水面に岩勝ちのみぎわにみせる小島のつらなりの上で、みてごらん、世界のときがゆきすぎるのが、みえるから。
一分一分、一時間一時間、一日一日、季節から季節へと。
湾のかなた 三十マイルさきのカムデンの山の上に、くものかたまりが顔をみせるー
ほら、こちらにちかづくにつれて、ゆっくりとふくれあがってくる。
くもは、そのかげで 山をくらくし、つぎつぎと 島をくらくする。
アイルボロ島、ウェスタン島、ポンド島、ホッグ島、スペクタクル島、トゥー・プッシュ島―
山と、湾にうかぶ島じまをくらくしながら、とうとう、この島のおまえたちまで、かげのなかにいれてしまう。
おまえたちは、湾をよこぎって、ふりだした雨をながめてたっている。
雨は、どんどん ちかづいてくる。
ほら、百万の雨足の音がきこえるだろ。
もう 雨つぶが おちるのがみえる。
水の上に……。
年へた岩のみさきの上に……。
やまももの上に……。
いきをひそめてごらんー
おまえたちの上にも 雨が ふりだした!
(『すばらしいとき』)
このように、霧の朝の岬や、霧の森の中の様子、霧が晴れて青い海がいっぱいに広がり、子ども達が海ではしゃぎ回り、昼の海をヨットで乗りまわしたり、夜の海をボートでこぎ出したり、嵐が訪れて、やがて、秋が来る様子が、絵本のページの上に鮮やかに描き出されます。
白いページの上に描かれた絵を見、こっちに語りかけてくるような文を読み進めていくと、ペノブスコット湾の小島の夏の様子がくっきりと頭の中に浮かんできます。
雨音や、霧が立ち込めている時の空気の匂いや肌がしめるような感じ、潮の音や香りまでも、まるで、その小島に立っているかのように、ありありと感じることができるのです。
林は しんと しずまりかえり、ほら、きこえるだろ、たおれた木のなかで、虫がふかいトンネルを ほっている音が。
それに、べつの音もするー
おまえたちの 胸のどうきではなくて、
はんぶん ささやいているような音―
しだが そだっている音だよ。
かれはを おしわけて
バイオリンの柄のような くびをもたげ、ゆっくりとせのびをしながら、ゆっくりと芽をひろげている
(『すばらしいとき』)
ここには、心が落ち着くような賢者の名言が書かれているわけではありません。
ただ、ひたすら鮮やかに、ペノブスコット湾の雨や、霧や、夏の海が描かれているだけなんです。
それなのに、この絵本を広げたら、不思議と気持ちが落ち着きます。
私達の中の地球と宇宙
『すばらしいとき』を読むと、不思議と気持ちが落ち着く理由。
それは、ただひたすら、小島の夏の様子が鮮やかに描かれているからこそではないでしょうか。
雨の音や、霧の匂い、潮風やその香り、嵐のうなり声や、月の光などをありありと感じるからこそ、不思議な落ち着きが心の中に広がっていくのではないかと私は思います。
私達の身体は、地球や宇宙と深くつながっています。
地球で初めて誕生した生命体は、海の中で生まれました。
そして、海には地球を作り上げている様々な元素が溶け込んでいます。
生命体はその元素を自らの身体の中に取りこんで生まれました。
つまり、私達の身体は、地球を作り上げている様々な元素で出来ているのです。
雨の音や、霧の匂い、潮風とその香りや、嵐のうなり声や、月の光。
そうした地球を五感いっぱいに感じると、心や身体が不思議に落ち着くのは、私達の身体の中にある地球が、自然を、地球を、緑を、海を、嵐を、求めているからではないでしょうか?
そして、私達が住む地球は、宇宙から生まれたことを考えると、私達の身体は宇宙とも深くつながっていると言えるのです。
私達の身体の中には、地球とそして宇宙があるのです。
古代インド哲学に、梵我一如と言う言葉があります。
梵とは宇宙、我とは私、一如とは、一切一緒という意味で、宇宙と私は一緒であるということですが、ヨガでも梵我一如の考え方をし、私達の中には宇宙があると考えられてきました。
その自分の中にある宇宙を少しでも感じようと、ヨギーは座禅を組み、瞑想をするのです。
自分達の中にある宇宙を深く感じる時、心はとても穏やかになり、一切から自由になり、口では言えないくらい素晴らしい状態になると、ヨガでは教えられているのです。
『すばらしいとき』では、夜の海を子ども達がボートをそっと漕いでいく様子を、こんな風に描いています。
おまえたちは あかりをけし、舟つきばにむかって こぐ。
星が みおろし、水にうつった星の影が みあげている。
しずかな夜、百くみもの目が おまえたちを みつめている。
ひとくみの目が その上から すべてをみつめている
(『すばらしいとき』)
この絵本を静かにめくって読んでいくと、地球を、宇宙を感じます。
心が落ち着き、身体が解放されて自由になったような気持ちがします。
それはきっと、この絵本からありありと鮮やかに感じる雨音や、霧の匂い、波の音や、星の光、嵐のうなりや、秋の気配が、私達の身体の中にある地球や、宇宙を喜ばせてくれるからなのでしょう。
ひとくみの目がその上からすべてをみつめている、というその「ひとくみの目」とは、神とも言えるし、ヨガでいうただ1つ永遠のものプルシャとも言えるのではないでしょうか。
ペノブスコット湾の小島の夏が活き活きと鮮やかに描かれ、そこで遊ぶ2人の女の子達や、その友達の子ども達、雨音や、霧の匂い、夏の太陽に照らされる熱い岩や、星や月の光が、読んでいる私達の心をいっぱいに満たします。
どうぞ、『すばらしいとき』を手に取って読んでみて下さい。素晴らしい夏の小島での休暇を追体験できることをお約束いたします。