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愛嬌のある象の顔をしたガネーシャ神は、インドだけでなく世界中で人気の神様です。特にヨガスタジオやインドカレー屋さんで目にすることが多いと思います。
毎年8月末から9月上旬にかけて、インドでは盛大にガネーシャ祭が行われます。ガネーシャ神の誕生日はインドの太陰暦に従い、新月から4日目とされています。2024年の今年は、9月7日でした。
ガネーシャ神にはさまざまな神話がありますが、今回はガネーシャ神の乗り物であるネズミについて紹介します。
大きなガネーシャ神はネズミに乗っている
ガネーシャ神と聞いて、象の姿をした神様を思い浮かべることは容易かもしれません。しかし、その足元にネズミが乗っていることに気がつく人は少ないのではないでしょうか。
インドの神様には必ずヴァーハナ(乗り物)である動物がいます。例えばガネーシャ神の父親であるシヴァ神は、立派な白い牛に乗って移動します。多くの神様は、白鳥やクジャク、虎などのとても美しい動物に乗って移動しますが、ガネーシャ神は自分の体よりもずっと小さいネズミに乗っています。このネズミはムシカと呼ばれることから、ガネーシャ神の別名にはムシカヴァーハナというものもあります。
ガネーシャ神とムシカ(ネズミ)の出会い
インドの神殿には、ガンダルヴァという神聖な音楽を奏でる神々がいます。インドラ神の神殿では、ガンダルヴァの一人にクラウンチャという神様がいました。
神々が宮殿で集まっているとき、クラウンチャは誤って聖者ヴァマデーヴァの足を踏んでしまいます。怒ったヴァマデーヴァは、クラウンチャを齧歯類に変えてしまいました。
巨大なネズミになったクラウンチャは、大きな前歯で農作物や家畜を破壊し始めます。
ガネーシャ神は人々を苦しめる巨大なネズミの話を聞き、ネズミの首を縄で捉えて退治しようとしました。しかし、その巨大なネズミが足元に来て許しを乞い、ガネーシャ神に忠誠を尽くすことを約束したので命だけは助けました。
ガネーシャ神がネズミの上に乗るとネズミは縮み、もとの小さいサイズになりました。
その後、ガネーシャ神はネズミを乗り物とすることを決めました。
忍耐力のなさが悲劇に繋がる
ガネーシャ神とネズミの神話は、忍耐力の大切さを教える教訓としても語られています。
クラウンチャが聖者ヴァマデーヴァの足を踏んでしまったのは、確かにクラウンチャの注意力散漫が原因ですし、集中力に欠けてミスをしがちなことはよくありません。
しかし足を踏まれただけでカッとなり、悪意がなかったクラウンチャを齧歯類の動物に変える呪いをかけたことは明らかにやりすぎです。
大きなネズミとなったクラウンチャは凶暴な前歯を持ち、知性を失い、地上の動物や人々を苦しめることとなりました。その悲劇は、聖者ヴァマデーヴァの忍耐力の足りなさによるものです。
感情的になりそうな時ほど、冷静さが必要です。小さな出来事が積み重なって、大きな悲劇につながります。日常から冷静さを見失わないように気をつけたいですね。
ガネーシャ神とネズミの関係から見る心の制御
神話の中でもネズミは人の田畑や牧場を荒らす困った存在ですが、このネズミは人の心を象徴していると言われています。
日常生活を俯瞰してみましょう。多くの問題は、心が生み出しています。合理的に考えたらするべきではない愚かな行いをしてしまうことも、人の欲望や執着心が原因です。仕事や家庭内での人間関係、食生活の乱れや浪費など、あらゆる場面で人が間違いを起こしてしまうのは、心が荒れてしまっているからです。
私たちは心は自分自身だと思いがちですが、ヨガ哲学では心は制御すべき対象だと考えます。怒り、妬み、執着、欲望などの感情によって振り舞わされ、愚かな過ちを起こさないためには、自分の心をコントロールすることが大切です。
心と良き友になる
ガネーシャ神は、悪さをしていたネズミを自分の乗り物としました。
動き回る心は決して敵ではなく、自分自身で制御することができれば自分を目的地に導いてくれる味方です。自分の目的地を理解して心が揺るぎなくなった時、心は良き友になります。
自分が目指す場所に到達するために今行うべきことは何か、会うべき人は誰か、何を学ぶべきか、それらの判断を助けてくれるのは自分自身の心です。
自ら自己を高めるべきである。自己を沈めてはならぬ。実に自己こそ自己の友である。自己こそ自己の敵である。
『バガヴァッド・ギーター』6章5節
自分自身の人生を導いてくれるのは自分だけであり、間違った道に陥れようとするのも自分自身です。正しい道を歩んで幸せな人生を送るためには、自分の心が最も強い味方になってくれますね。
インド小話:ムシカ(ネズミ)と月
もうひとつ、ガネーシャ祭にちなんだガネーシャ神とネズミの神話を紹介します。誰からも愛されるガネーシャ神ですが、その愛嬌が引き立つ神話として有名な小話です。
ある日、ガネーシャ神は誕生日の祝祭に呼ばれました。人々は大変豪華なもてなしをし、ガネーシャ神は好物のお菓子モーダク(※)をお腹いっぱいに詰め込みました。縁もたけなわとなり、ガネーシャ神はネズミに乗って帰路につきます。すると、暗闇から突然1匹の蛇が現れました。ネズミは恐怖で飛び跳ね、その拍子にガネーシャ神は転び落ちてしまいます。風船のように膨らんだ大きなお腹を地面にぶつけた途端、お腹はパクッと割れ、中から食べたばかりのモーダクがゴロゴロと転がり落ちました。ガネーシャ神は慌ててモーダクを拾い集め、全てをもう一度食べて一安心します。
すると、空からガネーシャ神の失態を目撃した月がゲラゲラと笑いました。バカにされたことに激怒したガネーシャ神は、自分の牙の一つを折って月に投げ、丸い月が三日月になりました。その時から、月の満ち欠けが始まったと言われています。
またガネーシャ神は、誰も月を見てはいけないという呪いをかけました。困った神々がシヴァ神に仲裁を頼みその呪いは解けましたが、ガネーシャ祭の期間のみ月を見てはいけないことになっています。
インドでは、神様も感情的になる完全でない存在です。だからこそ愛嬌があり、多くの人々に愛され続けているのかもしれません。
※ガネーシャ祭に備えられる蒸し菓子。中にはココナッツと黒糖の餡が詰まっている。
学問の神様ガネーシャ神に祈ろう
ガネーシャ神は智慧の象徴で学問の神様であり、富や金運の神様としても知られています。
『バガヴァッド・ギーター』を書き起こした神様でもあり、その姿が生き方の指針でもあることから、ヨガを行っている人にとっても縁の深い神様です。
日頃から与えられている学びへの感謝として、ガネーシャ祭には祈りを捧げてみてはいかがでしょうか。
モーダクは日本で手に入れることが難しいと思いますが、それ以外にもバナナ、りんご、グァバ、ココナッツなどのフルーツ、ナッツやドライフルーツをお供えします。ガネーシャ神にお供えをする時には、購入後は必ず最初に神様に捧げてください。その後で、私たちも頂くようにしましょう。お花を飾るのもとてもいいですよ。
日本にいるとインドの神様に触れる機会は少ないですが、自宅やヨガスタジオのガネーシャ神に祈りを捧げてみるだけでも、特別な1日に感じられるかもしれません。