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『ヨガ・スートラ』は、ヨガを練習している人なら一度は読みたい教典です。
普段から練習しているアーサナ(ポーズ)について、『ヨガ・スートラ』ではどのように書かれているのか気になりませんか?
実は『ヨガ・スートラ』では、アーサナについての内容がたった3節しか書かれておらず、アーサナの種類に至っては全く書かれていません。しかし、この短い説明の中でアナンタ(蛇の王)という言葉が出てきます。
解釈が分かれる『ヨガ・スートラ』ですが、この3節を深掘りしながらアーサナの本質について考えてみましょう。
『ヨガ・スートラ』のアーサナの条件
『ヨガ・スートラ』の2章ではアーサナ(体位)について書かれています。『ヨガ・スートラ』で書かれているアーサナとは瞑想を行うための座り方であり、アーサナ自体をそれほど重要視することはありません。しかし、瞑想を成功させるための大切な要因として、8支則に組み込まれています。
座り方は、安定した、快適なものでなければならない。
『ヨガ・スートラ』2章46節
瞑想を行うときの座り方は、体が安定していて、どこにも不快感がなく、快適でなくてはいけないと説かれています。なぜなら、体に違和感がある状態ではそこに意識が向いてしまい、瞑想に集中することができなくなるからです。
次のスートラでは、長時間の瞑想に耐えることができるアーサナを実現するための方法が書かれています。
そのような座り方は、緊張をゆるめ、心を無辺なものへ合一させることによって得られる。
『ヨガ・スートラ』2章47節
『ヨガ・スートラ』を翻訳した佐保田鶴治氏の解説では、「心を無辺なものに合一させる」とは、 “虚空のような変化しないものに対して心を沈めることだ” と書かれています。そうすると、肉体に対する我想がなくなり、不快感がなくなると考えられています。
一方、インドで2章47節について学ぶと、全く別の2つの説があります。1つ目は、“永遠に変わらないものに意識を集中させる”という考え方。もうひとつは、“インド神話に出てくるアナンタ(蛇の王)に意識を委ねる” という考え方です。今回は、インドで頻繁に話されるアナンタ(蛇の王)の説を紹介します。
蛇の王アナンタとアーサナの関係
『ヨーガ根本教本』で佐保田氏が「無辺なもの」と訳した部分のサンスクリット語は、アナンタという言葉です。アナンタという言葉には、「無限なもの」「永遠に変わらないもの」といった意味があります。
しかし、インドでアナンタという言葉を聞いて一般的に連想されるのは、インド神話に登場する蛇の王アナンタです。蛇の王であるアナンタがアーサナの成就に関わる理由も、複数の説がありますので、それぞれの説を紹介します。
①安定の象徴であるアナンタ
アナンタは、インド神話で世界創造の神話に登場する千の頭部をもつ巨大な蛇です。
この世界が作られる前、宇宙は混沌とした海でした。ヴィシュヌ神はトグロを巻いて寝ているアナンタを海に浮かべ、その上で寝ていました。神であるヴィシュヌの寝台は、快適であり安定していなければいけません。アナンタは、巨大なヴィシュヌ神のベッドとして見合う安定感と力強さを備えています。
建物を建てる時に最も大切なのは、しっかりとした土台を作ることです。どれだけ立派な建物でも基礎工事がしっかりしていなければ、ちょっとした災害で壊れてしまいます。
同様に、アーサナで必要とされる安定を得るためには土台の力強さが必ず必要です。そんな土台の安定を象徴しているのが、神話に登場するアナンタだとインドでは考えられています。
②ムーラダーラ・チャクラとクンダリニーを意味するアナンタ
本来『ヨガ・スートラ』には、チャクラやクンダリニーといったハタヨガ的な用語は登場しません。しかし、体内に存在する潜在的なエネルギーであるクンダリニーは、すでに知られていたのではないかという俗説もあります。
クンダリニーとは「螺旋」という意味であり、胴体の底辺部分にトグロを巻いた蛇の姿で眠っているエネルギーの名前です。ヨガを実践している人は、蛇というとクンダリニーを連想することが多いのではないでしょうか。後世に発展したハタ・ヨガでは、クンダリニーを覚醒させることを重要視し、クンダリニーの力によって体内のエネルギーが上昇するとされます。このクンダリニーが眠っている場所が、ムーラダーラ・チャクラ(土台のチャクラ)で、やはりヨガにとって大切な場所です。詳しくはこちら
ハタ・ヨガでは、ムーラダーラ・チャクラ(土台のチャクラ)を締め付けることをムーラ・バンダと呼びます。ハタ・ヨガでは、バンダの締め付けによってアーサナが力強く安定します。ムーラ・バンダは胴体の底辺に位置するため、スタンディングポーズでは脚の方が地面に近くなり安定しますが、スタンディングポーズを行う時も脚の筋肉でバランスを探すのではなく、バンダを力強くすることでコアから安定することができます。同様に、シルシャーサナ(頭倒立)のような逆転のポーズであっても、頭部と床との接点でバランスを取ろうと試みるのは危険です。ムーラ・バンダと腹部のウディヤナ・バンダの締め付けによって、コアから安定したアーサナを行うことができます。詳しくはこちら
『ヨガ・スートラ』のヨガは、瞑想を主体とした精神的なヨガであるため、身体的なテクニックについて語られることはありません。しかし、どのようなアーサナであってもムーラダーラの位置への意識によって安定することを実は意味しているのではないか?という説がインドでは伝わっています。
『ヨガ・スートラ』に書かれたアーサナを達成した時の状態
アーサナの完成に蛇の象徴が関わったのか否かについては諸説ありますが、心が不変なものに結びつくことでアーサナは達成されると書かれています。その時、心は体という物質から解放されます。
その時、行者はもはや寒熱、苦楽、毀誉褒貶(きよほうへん)等の相対的状況によって悩まされることはない。
『ヨガ・スートラ』2章48節
体が安定すると、常に自分の軸にいるので右にも左にもぶれません。すると、あらゆる双極性のものの影響を受けなくなります。双極性または二元性のものとは、寒い/熱い、苦しい/楽しい、明るい/暗い、硬い/柔らかい、甘い/苦い、褒められる/貶されるなどです。
物質世界では常に両極の事象の間で、どちらかに偏って行ったり来たりしていますが、ヨガを行う時にはどちらにも偏りません。正しく安定したアーサナは自分の内側の軸に意識が向き、身体は不動となります。これは、瞑想をしている時だけではありません。
現代のアーサナを中心としたあらゆるヨガの練習においても、この安定を意識して行いましょう。不動の軸を感じ、安定して快適なアーサナを行っている時は、外の世界の2元性には惑わされず自分の心も不動に近づきます。
アナンタ(不変性)を意識してヨガを練習してみよう
みなさんはアーサナ(ポーズ)を練習している時に、どこに意識が向いていますか?
最初の頃はどうしても先生の言動が気になったり、周囲の生徒と自分を比べてしまいがちです。しかし、練習が身体の一部になってくると、自分の意識がどこに向いているのか徐々に気付くようになります。その段階になったら、自分自身の身体の動きや呼吸の流れを意識し、意識を物質から内側のエネルギーに少しずつ変えていきましょう。そして、深い呼吸を無意識にできるようになると、さらに奥深くにある内側の自分の軸が見つかってきます。自分の軸は、身体の動きに影響を受けて乱れることがありません。
そのような軸を探しながら練習すると、アーサナが変わってくると思います。