みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、絵本『ぐりとぐら』でおなじみの童話作家中川李枝子さんを取り上げたいと思います。
中川李枝子さんといえば、先日お亡くなりになったばかりですが、私は、彼女が作った絵本が、本当に大好きでした。中川李枝子さんの本を母に何度読んでもらったか、自分でも何度読み返したか、数えきれないほどです。私の本棚を眺めますと、今でも中川李枝子さんの本でいっぱいです。
大人になって、自分でも子ども向けの本を書いてみるようになって、中川李枝子さんへの尊敬はさらに倍増しました。思わず口ずさみたくなる楽しいリズミカルな文章で、やさしく、わかりやすく、面白く、子どもたちを物語の世界に引き込みます。物語に夢中になっているうちに、あっという間に、楽しいエンディングになる。これは、子どもたちに喜ばれるのもうなずけると感心するばかりです。
そんな中川李枝子さんが生み出した名作絵本とヨガには、どんな関係があるのでしょうか。ぜひ、みなさんと考えていきたいと思います。
みどり保育園の保母さん
中川李枝子さんは、1935年に北海道で生まれました。東京都立高等保母学院を卒業後、1972年までみどり保育園の主任保母として働きます。
みどり保育園を、子どもたちが毎日喜んで通う保育園にするために中川さんが活用したのが、紙芝居や絵本でした。子どもたちに楽しい紙芝居や絵本を読んであげると、みんなとても喜んで保育園に通ってきたそうです。
そのうち、中川さんはもっと子どもが喜ぶ紙芝居や絵本を作りたいと、自ら紙芝居を制作するようになりました。男の子も女の子も夢中になる紙芝居を作ろうとする中で生まれたのが、大きなカステラが出てくる『たまご』というお話でした。それが、『ぐりとぐら』の絵本のもとになったということです。
以前こちらのコラムで紹介した、かこさとしさんも子どもたちに見せる紙芝居をもとにして絵本を制作されていましたが、中川李枝子さんも同じですね。
目の前の子どもを喜ばせるために作ったものは、名作につながりやすいのかもしれません。
『ぐりとぐら』の絵本の挿絵は、妹の山脇百合子さん(旧姓・大村)であることは有名ですよね。中川李枝子さんは、数多くの名作を妹の百合子さんとのコンビで生み出して、子どもたちに届けてくれました。
子どもの世界の子どもの冒険
ほとんどの方は『ぐりとぐら』を知っていると思いますが、ここで簡単に紹介したいと思います。
野ネズミのぐりとぐらは、ある日、大きなかごを持って、森の中に出かけていきます。どんぐり拾いにきたのです。ところが、どんぐりを拾っているうちに、大きなたまごを見つけました。大きな、大きな、大きなたまご!ぐりとぐらよりも、もっと大きいビッグなたまごです!
「やあ、なんて おおきな たまごだろう。おつきさまぐらいの めだまやきができるぞ」
と、ぐりがいいました。
「ぼくらのべっどより、もっとあつくて、ふわふわの たまごやきができるぞ」
と、ぐらがいいました。
「それよりも、かすてらがいいや。あさから ばんまでたべても、まだのこるくらいの おおきいかすてらができるよ」
と、ぐりが いうと、
「そいつはいいや」
と、ぐらも、さんせいしました。中川李枝子 著・大村百合子 絵. 『ぐりとぐら』. 福音館書店. 1963. p,7
森の中で、そんなに大きなたまごを見つけるなんて、ドキドキワクワクですよね!しかも、朝から晩まで食べてもまだ残るくらいの大きなカステラなんて、間違いなく、子どもはワクワクが止まらなくなってしまうでしょう!
さて、ぐりとぐらは、その大きなたまごをどうやって持って帰ろうか?と悩みます。そして、ここに、おなべやボウルを持ってきて、お料理をしたらいいんだ!と思いつき、森でカステラを作るためのお料理道具を運んだり、たきぎを集めてかまどを作ったりします。そして、ぐりとぐらは、大きなカステラ作りをするのです。
屋外でお料理を作るなんて、楽しくてウキウキしちゃいますよね。しかも、大きなカステラを作るんですから、さらにワクワクしてしまいます。
中川李枝子さんの物語には、このようなワクワクがいつもたくさん溢れているのです。
例えば、『ぐりとぐらのおきゃくさま』では、冬の森を歩いていたぐりとぐらは雪の上に大きな足あとを見つけます。きつねよりもくまよりも、もっと大きなながぐつのあとです。そんな大きなながぐつのあとを、いったいだれがつけたんだろう?と、ぐりとぐらはドキドキしながら、たどっていきます。
雪の上に大きなながぐつのあとがついていたって、大人にはなんてことないですよね。でも、子どもたちには、大きなながぐつのあとだって面白くて不思議で、それをたどっていくだけで冒険になってしまうのです。
ほかにも、森のいばらに長い長い緑の糸がひっかかっているのを見つけたり……ぐりとぐらは、その糸がどこまでのびているんだろうと調べに出かけたりもします。
これもまた、緑の糸がいばらにひっかかっていたって、大人は気にもとめないかもしれません。気がつかない大人も、多いでしょう。けれども、そうした小さなことを子どもは見つけ、冒険につなげます。
大人にとっては取るに足らないけれども、子どもにとっては大冒険になる子どもの冒険を、中川さんは上手に物語にしていきます。大人目線ではなく、徹底的に子どもの気持ちに寄り添い、子ども目線の物語を作っていくことで、子どもの心をがっちりと捉えて離さない絵本を作ることができたのです。
徹底的に子ども目線の絵本を作ることができたのは、中川さんがみどり保育園の保母さんで、子どもに囲まれ、子どもたちととことん向き合ったからでしょう。だから、たくさんの子どもに愛される息の長い絵本を生み出すことができたのだと思います。
プルシャに限りなく近いもの
みどり保育園の子どもたちを喜ばせるために作った紙芝居から生まれた『ぐりとぐら』は、時代を超えて愛され続けています。
大きなたまごを見つけた野ネズミのぐりとぐらは、こんなにも大きなたまごをどうやって持って帰るのか悩んだり、割るのに痛い思いをしたりします。そうして出来た大きな大きなカステラを、ぐりとぐらは森のどうぶつの友だちみんなで分け合って、楽しくワイワイにぎやかに食べます。
そんなドキドキワクワクや、みんなでカステラを食べて、ああ、おいしかったと幸せになる気持ち。それは、いつの時代も子どもたちが持っているもので、時代を超えるものです。
中川さんが亡くなって、彼女がどんな人だったのか知らない人がほとんどになったとしても、『ぐりとぐら』は変わらず子どもたちに読みつがれていくことでしょう。
ヨガには、プルシャという言葉があります。『ヨガ・スートラ』には、プルシャは永遠のものであり、ただ一つの変わらないものであり、そのプルシャに到達することこそがヨガの究極の目的であると書かれています。その永遠のプルシャというものが、どんなものなのかについては書かれていません。というのは、プルシャはとても言葉にできないものだからなのだそうです。
というわけで、私にもプルシャがどんなものなのかは、もちろんわかりません。でも、ひょっとしたら、大きなたまごを見てドキドキワクワクする気持ち。大きなカステラをみんなで食べて「ああ、おいしかった」と幸せになる気持ち。そんな気持ちは、プルシャにとても近いものではないかと、私はひそかに思っています。
そうした気持ちは、時代を超えて永遠なものだから。
いつの時代にも変わらないものだから、きっと、プルシャに似たものじゃないかと、私は勝手に考えているのです。
中川さん自身、こんな風に語っています。
子どもの頃からずっと、本が大好きでした。読書を通していろいろな心の経験をしたし、古今東西たくさんの人に出会って、ハラハラ、ドキドキしながら喜びや悲しみをともにし、ときにはこの世の極楽も地獄も見たと思うのよ。
今でも読みたい本を、手近に置いています。いつのまにかどんどん増えて、私の居場所がなくなりそう。私にとっては最高に幸せね。読み終わって、「ああ、よかった」と感動が全身に染み渡る。それが、私の心身の糧になったのだと思います。
中川李枝子. 渡辺尚子 編・構成. 『中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』. 平凡社. 2019. p,3
中川李枝子さんは、本が大好きなご両親のもとで、たくさんの本に囲まれて育ったそうです。戦争中に子どもだった中川さんは、戦後、先生や大人たちの言うことがガラリと変わった時にとてもガッカリして、大人の言うことなんてとても信じられないと思うようになったそうです。でも、そんな時でもたった一つ信じられるものは、本だったと語っています。
大人は信用できないと、私は憤慨しました。でも、少年文庫は信用できたの。よい本は、当たり前のことをちゃんと言うでしょう。戦争があろうとなかろうと真実は真実であり、時代に左右されない。
中川李枝子. 渡辺尚子 編・構成. 『中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』. 平凡社. 2019. p.41
そうした真実を語る本をたくさん、たくさん、たくさん読んだ中川さんだからこそ、あんなにも素晴らしい物語をたくさん生み出せたのだろうと、私は思います。
中川李枝子さんの絵本や物語は、間違いなく、永遠に時代を超えて読み継がれると思います。そして、たくさんの子どもたちを喜ばせ、ドキドキハラハラとさせ、幸せな温かい気持ちにしてくれることでしょう。そんな物語をたくさん生み出して下さった中川李枝子さんには、私はもう感謝しかありません。
中川李枝子さん、たくさんの素晴らしい絵本を本当にありがとうございました。