健康の維持・向上、心の安定や美容など、さまざまな目的でヨガをしている方がいらっしゃるかと思いますが、ヨガは海外では医療の補助や代替ケアとしても注目されています。
文献検索サイトに「Yoga」と入力してみると、2024年12月末までに約8,900件を超える研究報告があり、科学的な視点からもヨガの効果が確認されつつあります。
今回は、2016年にアメリカで発表された研究報告から、音楽家・ミュージシャンに対するヨガの効果について紹介します。
1. 研究の背景

ヨガは、主に呼吸法・ポーズ・瞑想で構成される古代から伝わる心身の練習法であり、本来の目的は、意識をより高い次元の状態へと促すことにあるとされています。
人間のパフォーマンスと経験を高めるための実践という点で、人間の成長や可能性に焦点を当てたポジティブ心理学の分野とヨガの根本原理は共通しています。
ポジティブ心理学では、ポジティブな感情、気質や美徳などの性格的側面、ポジティブな習慣や慣例について研究されています。その幸福理論の中で、幸福の5つの柱として、ポジティブな①感情、②関与、③関係性、④意味づけ、⑤達成が提唱されています。
②の関与は、「非常にやりがいがあり、楽しい心理状態」を指し、フロー状態と呼ばれることもあります。これは、ある活動をする際に提示された課題と個人が持つスキルとが最適なバランスを保っている状態であると同時に、活動する個人はその活動に完全に没頭し、他のことに気を取られる余地がないほどのことを意味します。
また、課題とスキルのバランスが完全に一致するための8つの現象的特性も特定されています。
- 達成可能な課題であること
- 集中力を高められる環境、状態にあること
- 目標、ゴールが明確であること
- パフォーマンスを評価するために、明確な自己評価ができること
- 集中して注意力が向けられること
- 自律性や自制心があること
- 自己認識の抑制、または自我やエゴが少ないこと
- 時間感覚が歪む(通常は短縮された感覚になる)ほどであること
演奏は、フロー状態との関連が高いことが過去の研究報告で示唆されており、最適なトレーニングによってフロー体験が増加したことや、フロー状態のレベルが高いほど心拍数や呼吸が減少して呼吸が深まり、演奏の質が向上することが確認されています。そして、フロー状態のレベルが高いほど、演奏時の不安も軽減されたとの報告もありました。
一方、マインドフルネスは、ヨガでは気づきとも呼ばれ、意図的に、今この瞬間にノンジャッジメンタルに注意を向けることと定義されています。マインドフルネスの重要な要素は、以下の3つです。
- 今この瞬間に注意を払う能力
- 感情を認識し、正確に分類する能力
- 今この瞬間に起こっている自分の体験を、注意深く認識する能力
マインドフルネスもフロー状態と似た性質があるということで議論がされ、マインドフルネスの瞬間瞬間の経験が、フロー状態につながると説明されています。
さらに、演奏とマインドフルネスにも関連性があることが過去に報告されており、音楽を聴くことでマインドフルな状態が誘発され、注意力や集中力が高まる可能性があることも期待されています。
ヨガとポジティブ心理学は、どちらも日常をより高いレベルの幸福感やより良い精神状態、より豊かで意味のある人生観に変えていくことが目的の一つです。そこで本研究では、ヨガの実施によって、若手音楽家に対してポジティブな心理状態が促進されるかどうか、また、演奏中のパフォーマンスが最適化されるかどうかを確認することを目的としました。
2. 研究の方法

この研究は、高水準の音楽研究のためのアカデミーで夏に開催される8週間の合宿プログラムの一部として、2005~2007年の間に行われました。ヨガを実施したグループの延べ人数は、60名(2005年10名、2006年30名、2007年20名)です。男性が25名、女性が35名で、平均年齢は25.2歳でした。
アメリカでも広く知られているメソッドの一つであるクリパル・ヨガ&ヘルスセンターが、無償でプログラムを提供しました。
2005年に提供されたプログラムは以下の通りです。続く2006年、2007年は少しかたちを変えましたが、基本的にはほぼ同様のプログラムです。
- 毎日、午前と午後に開催される約1時間15分のクリパル・ヨガクラス(出席スケジュールは参加者の自由)
- 週5日開催される30分間の瞑想クラス(オプション)
- 週1回開催される90分間の強度の高いイブニング・ヨガと、その後2時間にわたる問題解決戦略、ヨガと瞑想に関連するグループディスカッション、演奏の進捗状況や心理問題に関するディスカッション
- クリパル・ヨガ&ヘルスセンターでの食事の提供や宿泊、その他の社交活動を含むリトリート
3. 研究の結果
アンケート形式による評価の結果をヨガの実施前後で比較したところ、ヨガの実施によって、フロー状態に関連する9つの指標がいずれも増加していることが確認されました。
- 提示された課題が、自分の能力に合っていること
- 行動が自発的に感じられること
- これから行おうとしていること、目標が明確で確信を持っていること
- 自分の行動に対して、適切に自分へのフィードバックが得られていること
- 自分の行いに集中できていること
- 状況に対処できている、コントロールができていること
- やりがいを感じながら経験すること
- 自我意識の減少
- 時間経過、時間への感覚の歪み
また、ヨガの実施によって、マインドフルネスの指標が向上していること、演奏時の不安や悩みの指標が減少していることが確認されました。
さらに相関関係を調査したところ、フロー状態やマインドフルネスの指標が高いほど、演奏時の不安が低下するということも明らかになりました。
本研究の結果から、ヨガによってフロー状態とマインドフルネス状態が向上され、演奏の不安を軽減する効果があることが示唆されました。音楽家の演奏中の不安が解消することで、より良い心理状態を育み、より高いレベルのパフォーマンスを引き出すことに役立つ可能性があります。
ヨガ、フロー状態、マインドフルネスのすべてに共通していることは、集中した意識や気づきの精神状態、呼吸の状態とその経験に重点を置いている点です。
好きなことに没頭して趣味を楽しむ時間にも、音楽や作品を生み出す芸術家にも、ヨガは効果を発揮できそうなことが分かりました。ヨガを取り入れることによって、日常がより彩り豊かに感じられそうです。