脳は”自分の手の位置”を間違える!?
自分の手がどこにあるのか、皆さんは正確に把握していますか?
「そんなことわかって当たり前!」と思う方ばかりだと思います。普段、私たちは「自分の身体は自分のものである」という感覚をもち、訳もなく自分の「手の位置」「足の位置」を把握していますよね?
しかし、その感覚が実にあやふやなもので、脳が自分の手の位置を間違えることがある、と言われたら・・・?「そんなバカな!」と思った方、まずはこちらの動画をご覧ください。
こちらの動画は「ラバーハンド錯覚」と呼ばれる錯覚の実験映像です。
自分の手を隠され、ラバーハンド(ゴム手袋で作った偽物の手)と同じ刺激を与えられ続けると、脳は目の前にあるラバーハンドがまるで自分の手になってしまったように錯覚するのです。その証拠に、動画の最後にラバーハンドを攻撃すると「自分の左手を攻撃される!」と勘違いして、手を引っ込めていますね。
つまり、脳は自分の手の位置を正確に把握しているのではなく、「目で見る」「触れる感覚」などを元に総合的に判断しているに過ぎないのです。[1]
ストレスと自分の身体の位置情報

紹介してきたラバーハンド錯覚ですが、全ての人が起こす錯覚ではありません。意欲低下を示す人(やる気が出ない人)では、この錯覚が起こりやすい[2]と言われているのです。
健康な人では、約65%の方にラバーハンド錯覚が起こる[3]と言われている一方で、統合失調症の患者さんでは、錯覚が起こるまでの時間が5倍も早く、また、錯覚をより強く感じた[4]という報告があります。
逆に、瞑想のトレーニングを積んだ人は、錯覚が起こりにくい[5]こともわかっています。
「自分の身体が自分のものである」という感覚のことを、身体所有感と呼びます。ラバーハンド錯覚は、自分の手に模したゴム手袋に対して身体所有感が生まれることを意味しています。
虐待など大きなストレスを経験した人は、「自分の身体から逃げ出したい」と潜在的に思っているからか、この身体所有感が鈍くなる、つまり、自分の身体が本来ある場所と、脳が認識する自分の身体の位置に“ズレ”が生じやすくなると言われています。こういう人ほど、ラバーハンド錯覚が起こりやすいと考えられています。
自分の身体を観察するだけでストレス緩和に効果的

身体所有感を取り戻すためには、自分の手をゆっくり動かしながら、
- 手がどこにあって
- どのような動きをしているのか
を「観察」することが有効だと言われています。最近「マインドフルネス」と言われ、話題になっている手法ですね。
瞑想経験者が、ラバーハンド錯覚を起こしにくいのは、自分の身体を観察するような「マインドフルネス」を普段から行っているからだと考えられるでしょう。
そもそも、マインドフルネスとはどういうことを示すのでしょうか?
マインドフルネスとは、その瞬間、自分自身のことだけ五感を集中して、余計な考えを手放し、リラックスしている状態のこと。
ヨガウィキ
ここで重要なのは「その瞬間、自分自身のことだけ」に注目するということです。
忙しい毎日では、「○○やった後には✕✕をやって・・・」「あの件、そういえばどうなったかな?」など様々な考え事によって、今、この瞬間に注目している時間は、意外とほとんどない人もいるかもしれません。
しかし、マインドフルネスというのは、いつでも実践出来ることが魅力の1つでもあります。例えば、朝の通勤時間、駅まで歩いている時に、歩いている自分を観察するだけでも、それはマインドフルネスとなります。例えばこんな感じです。「右足出した」→「右足のかかとが地面についた」→「右足のつま先で地面を蹴った」→「左足だした」・・・
このようにマインドフルネスを行うことで受けられるメリットは想像以上のものがあります。ストレス緩和、心配事を減らす、感情や気分のコントロール能力向上、免疫機能の向上、抗酸化活性を高める、注意力・集中力が高まる[6]など、科学的にその効果がわかっているだけでも数え切れません。
ヨガでも身体所有感を高められる

ヨガをやっている時を思い浮かべてみてください。自然と、もしくはインストラクターに導かれて、皆さんマインドフルネスの状態になっているのではないでしょうか?
呼吸に意識を向けて、呼吸とともに動くお腹や胸に意識を向けながら、様々なアーサナを行っていく。ヨガを行っている間、心配事や考え事からいったん離れ、今、ヨガをやっているこの瞬間に、そして、自分自身の心と身体に意識を向けているはずです。まさにマインドフルネスですね。
ヨガを行っている皆さんは、知らず知らずのうちに、マインドフルネスで得られる多く恩恵を受けているはずです。だからこそ、今ヨガの人気が急上昇しているのかもしれませんね。
参考資料
- 金谷 翔子,”手の身体所有感覚とラバーハンド錯覚”,バイオメカニズム学会誌,2015,39(2)
- 金山 範明,” ラバーハンドイリュージョン中の脳内処理に影響を与える性格特性の検討”,日本認知科学会, 2014
- Durgin et al, Rubber hands feel the touch of light, Psychol Sci, 2007 Feb;18(2):152-7.
- Peled et al, Touch feel illusion in schizophrenic patients, Biological Psychiatry, 2000 Dec:48(11):1105-1108.
- Ausiàs Cebolla, Embodiment and Body Awareness in Meditators, Mindfulness, 2016, 7(6), 1297–1305
-
- Kok, B. E., et al, Meditation and Health: The Search for Mechanisms of Action. Social and Personality Psychology Compass, 2013, 7: 27-39
- Xiong, G. L. et al, Does Meditation Enhance Cognition and Brain Plasticity?. Annals of the New York Academy of Sciences,2009, 1172: 63-69
- Eleen L. et al, The underlying anatomical correlates of long-term meditation: larger hippocampal and frontal volumes of gray matter. Neuroimage, 2009, Apr 15;45(3):672-8.
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