記事の項目
皆さん、ヨガインストラクターから「ツイストポーズは便秘に効きます」と聞いたことはありませんか? もしくは、今そのように生徒に説明しているインストラクターもいらっしゃるのではないでしょうか?
今日はツイストポースが便秘に有効なのかについて医学的に解説します。
症例:長年便秘で「すっきり」感覚が得られないまま過ごしてきた
52歳女性Xさん。若いころから便秘に悩む。
白湯がいい、食物繊維がいい、リンゴがいい、などテレビで見聞きするたびに、あらゆるものを試してきたが自分なりに「すっきり」という感覚を得られないまま長年過ごしてきた。食べ物で思ったような効果が得られないため他の方法を探していた時に、友人から「ヨガがいいわよ」と勧められてスタジオに通い始めた。
レッスンではインストラクターから「ツイストのポーズは特に便秘の人に有効です。体幹をねじり腸管を刺激して、便通を改善します」と説明を受け、レッスンだけでなく自宅でもツイストポースを行うようにしていますが、今のところ目立った効果は得られていません。
「始めたばっかりだしね、もう少し気長にやってみようかな」そう思うXさんなのでした。
便秘の種類は急性と慢性の2つに大分
便秘と言ってもすべて同じ原因ではありません。様々な要因が重なって便秘症となります。ストレスとか、食物繊維が足りないとか、運動不足とか、皆さんもすぐに思いつきますよね!
便秘を分類するときにまず、急性の便秘、慢性の便秘という二つの分け方があります。
世の中の多くの方が「便秘で悩んでいる」という場合、慢性の便秘(継続的に便秘で悩んでいる状態)のことを指します。
急性の便秘は、例えば旅行や友人の家にしばらく滞在するなど、普段と異なる環境で過ごした際に一時的に便秘になる事を指します。
皆さんの悩みの種である慢性の便秘に関して以下もう少し詳しく考えてみましょう。医学的には慢性便秘を原因によって大きく二つに分けます。
慢性便秘の分類1:機能性便秘
腸管運動などの機能異常により生じる便秘です。更にこの機能性便秘は更に以下のように分類されます。
- 弛緩性便秘(しかんせいべんぴ):大腸の蠕動(ぜんどう)運動が弱くなる事や、筋力が低下した結果として便を押し出す事(いきむ事)が出来なくなる事で起こる便秘。原因として、乱れた食習慣、運動不足、加齢、多産などが挙げられます。
- 痙攣性便秘(けいれんせいべんぴ):ストレスにより自律神経のバランスが乱れ、大腸の蠕動運動の連続性が失われた結果として、便の通りが悪くなる事で起こる便秘。
- 直腸性便秘(ちょくちょうせいべんぴ):直腸に便が運ばれてくると直腸の壁が伸展されて、通常便意が脳に伝わります。直腸性便秘は直腸に便が運ばれても、便意が伝わらずに排便がされない状態のことを示します。便意を我慢し過ぎたり、浣腸を乱用したりすることが主な原因です。
慢性便秘の分類2:器質性便秘
腸そのものに炎症、腫瘍、閉塞などの問題がある場合や、先天的に腸に異常がある場合に生じます。
皆さんにとって身近なのは、1の機能性便秘ですね。
では次に、上記のような便秘に対して、ツイストポーズの効果の有無を調べていきたいと思います。
ツイストポーズの便秘への効果は不確か?!
結論から申し上げると、現在のところ、ツイストが便秘に効くという医学的エビデンスはないのが現状です。
一般的に医学のエビデンスは、「○○に効果があった」という情報は発表され表に出てきますが、「○○に効果が無かった」という情報は論文にはなりにくいので表に出てきません。
実際に探してみましたが、ツイストと便秘に関する記述は全くなく、更に「ツイストが便秘に効いた」という文献もありませんでした。
ヨガ界のカリスマドクターでさえ科学的根拠を否定
ヨガ界のカリスマドクターであるTimothy McCall, M.D.(ティモシー・マコール先生)は、アメリカ版ヨガジャーナル『38 Health Benefits of Yoga[2]』という記事の23項目目”Prevents IBS and other digestive problems”にて、ツイストポーズの効果に関して下記のように説明しています。
And, although it has not been studied scientifically, yogis suspect that twisting poses may be beneficial in getting waste to move through the system.
そして、科学的に研究はこれまでなされていませんが、ヨガをする人達はツイストポースが、老廃物を消化器系に通過させるのに有益かもしれないと思っている。 (*太字は本記事著者による強調)
と、何とも奥歯にものが詰まったような表現をしています。ようは、ヨガジャーナル的にはツイストは、便秘に効く科学的根拠がない、という事です。
結果、医学的にツイストに効果があるか否かは、調べた限り現状確固としたエビデンスは無いようです。ただし、それはツイストが便秘に対して効果がない、という事ではなく、厳密にまだ検証されてはいないという事で、いずれこうした研究が世に出てくるかもしれません。
では便秘に対して、現在どんなアプローチが他にあるのでしょうか?
腹部マッサージは便秘に対して効果がある?!
国立がん研究センターがん情報サービスでは、「排便を促す方法」の項目で
腹部のマッサージをする。(大腸は右側から左側に走行しているので、「の」の字を書くように右回りにマッサージをすると動きがよくなる)[1]
と記載があります。つまり、腹部マッサージは便秘に対して効果がある、と指摘しています。更にこの点に関して調べてみましょう。
慢性便秘の治療のために用いる腹部マッサージは有効
2011年にJournal of Bodywork & Movement Therapiesに掲載された“The use of abdominal massage to treat chronic constipation.”「慢性便秘の治療のために用いる腹部マッサージ(著者訳)」という文献があります[2]。
この文献は、1999年~2010年の間に便秘に対する腹部マッサージの有効性に関して研究した論文を集めて検討したレビューになります。
結論としては、
- 腹部マッサージは慢性便秘改善に対して有効
- マッサージで物理的に便を直腸方向に押し出すわけではない
- 腸管蠕動を改善する効果があるが、即効性はなく、マッサージを繰り返す必要がある。(効果の発現に数週間を要する場合もある)
- 慢性便秘の原因は様々あるが、マッサージがどの原因による便秘に対して一番効果があるか現状不明
- 腹部マッサージも色んな方法があるが、どの方法が一番有効か現状不明
という事です。
腹部マッサージは慢性便秘に対して、すぐに効果は出ないが、やらないよりはマシ、という事になりますね。
効果的な腹部マッサージとは?
そもそも、どういった機序で腹部マッサージが便秘に効果があるのかは、完全には解明されておりません。今のところ分かっている事は、
- 腹壁をマッサージなどによって外部から刺激することで、腸管の伸展受容器を刺激し、それによって、胃結腸反射を起こした結果として、腸管の収縮が生じ便秘の改善につながるという主張[3]
- 腹部マッサージは上記反射だけでなく、体性-内臓反射を介して排便を誘発しているのではないかという主張[4]
- リラックス効果から副交感神経を活性化させ、消化管蠕動運動の改善、消化管分泌の増大、括約筋の弛緩などを起こすのではないか
等と云われています。
更に、腹部マッサージの種類の優劣に関しては、現状はっきりしたことは言えない状態です。
上記文献[2]においてはこの点更に詳しく、腹部マッサージ方法、マッサージの強さ、さらには自分で施行するのか、医療従事者が行うのか、一回のマッサージ時間はどれくらいなのか、そしてどれくらいの期間マッサージをすれば効果が出るのか、という点に関して、様々なバリエーションがあるが、それぞれのケースでマッサージは便秘改善に対して効果があったと指摘しています。
更に、今後の検討課題として以下のように指摘しています。
A further question of interest is which techniques are the most effective in treating constipation.
どのマッサージ法が便秘に対して有効かについては、今後の臨床課題である。
いずれ研究が進み、マッサージの方法に関して比較した研究が蓄積されていくでしょうが、今のところは、腹部マッサージをした場合としなかった場合を比較して、マッサージに効果があるかどうかを検討する研究が主流です。(例えば、パーキンソン病の患者の便秘に対して腹部マッサージをしてみた研究や、多発性硬化症の患者の便秘に対して腹部マッサージをしてみた研究などです。)
ですので、どれが良いの?
という疑問に対してはあまり細かい事は考えず、「の」の字をお腹に書くようにして居ればよい、と現状は考えていて良いのだと思います。
このように、慢性便秘に対してマッサージが効果があることは分かりました。しかし、マッサージをしない方が良い便秘もあります。
マッサージをしない方が良い便秘もある
例えば、心房細動と脳梗塞の既往があり抗凝固薬を内服している人が、腹部マッサージを受けて腸管壁内出血をしたという症例報告があります[5]。
これはレアな例ですが、一般的には腸閉塞の既往がある方の便秘や、腸閉塞が疑われる場合、最近腹部に放射線照射や外科手術をした場合、炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、そして妊婦などに関しては、腹部マッサージを控えるよう指摘されています[6]。
ですから、必ず主治医にマッサージを行っても良いか確認してから、継続的に行うようにしましょう。そして違和感を覚える場合には、無理して継続しないようにしましょう。
ヨガでするならツイストよりも腹部マッサージを
以上を踏まえて、現状、慢性便秘に対しては特定のポーズ(ツイスト)が他に比べて明らかに有効である、とは医学的には主張できない状態だという事が分かりました。そして腹部マッサージは慢性便秘に対してある程度有効性が認められている事もわかりました。
ヨガと組み合わせて考えてみると、ツイストを積極的にシークエンスの中に取り入れるよりは、腹部マッサージをシークエンスの中に取り入れる方が賢明でしょう。
例えば、最後にシャバーサナを行った後に追加で腹部マッサージを混ぜたりすると、自然とヨガとマッサージがミックスできると思います。(勿論他のタイミングでもOKです!)
最後に、ツイストポーズと慢性便秘との関係は今後の研究結果を待つ、という状態になります。腹部マッサージに関しても、現在エビデンスが蓄積されて行っている最中です。
ですので、今回の記事は「現状ツイストポーズが慢性便秘に対して全く効果がない」という事ではないので、その点理解を誤らないようにしてください。
どんなツイストをどの程度どれくらいの期間行うと、どんな種類の慢性便秘に対してどの程度の効果があったのか、という具体的な指導をクライアントに提示出来るだけの根拠が現状ない、という事になります。
このように現在まだわかっていない事を的確に指導出来るようになった皆さんは、より一皮むけたヨガインストラクターになっていくでしょう!
参考資料
- 国立がん研究センターがん情報サービス「便秘」
- Sinclair M. The use of abdominal massage to treat chronic constipation. J
Bodyw Mov Ther. 2011 Oct;15(4):436-45. doi: 10.1016/j.jbmt.2010.07.007. Epub 2010 Aug 25. Review. PubMed PMID: 21943617. - Brookes, S.J.H., et al., 2004. Initiation of peristalsis by circumferential stretch of flat sheets of guinea pig ileum. Journal of Physiology 516 (2), 525e538.
- Liu, Z., et al., 2005. Mechanism of abdominal massage for difficult defecation in a patient with myelopathy. Journal of Neurology 252, 1280e1282.
- Chen HL, Wu CC, Lin AC. Small bowel intramural hematoma secondary to abdominal massage. Am J Emerg Med. 2013 Apr;31(4):758.e3-4. doi:
10.1016/j.ajem.2012.11.020. Epub 2013 Feb 4. PubMed PMID: 23380131. - Emly M.C. Abdominal Massage for Constipation. In: Haslam J., Laycock J. (eds.). Therapeutic Management of Incontinence and Pelvic Pain. Springer, London
2007: 223